介護休暇と介護休業

仕事をしながら、膵臓癌の母を自宅で看てきたけれど、とうとうほとんど動けなくなり、携帯でもうまく連絡が取れなくなった。一人で家で過ごすのは難しくなり、少し前から休みをもらっている。

介護休暇や休業は有休を消化してからでないともらえない印象だったし、自分の病気のこともあるので、時間休をもらいながら、できるだけ自宅で過ごせる時間を長く持てるようにと考えてた。

それでも往診医や訪問看護を利用しても、やっぱりもう無理やなってなるのは時間の問題で、今年度の有休を使い切るまでを自宅療養し、その後は緩和ケア病棟に入院しようと思ってることを伝えて休みをお願いした。

で、結果、介護休暇と介護休業をとってもいいとの返事をもらい、今は介護休暇をもらい、介護休業の申請(うちの職場では医師の診断書と手続きに2週間かかる)をし、有休で休ませてもらってる。

上司にも、一緒に働く同僚にも、はっきり休ませてください、休みますとずっと言えないでいたけど、もう働きながらは限界だったと思えたし、今は仕事との狭間で悩むストレスがなくなり、すっきり。

寝たきりになってからも家に居たいという母の希望を聞いて、せっかく看護師をし、知識も経験もあるのだから、やっぱり家で看取りたいと思ったし、考えは色々あるけど、これで良かったんだと思う。

働く世代での病気、親の介護、ともに誰しもに起こり得ること。
うちは治療をしながら働ける、そして介護休業も取らせてもらえる恵まれた環境にあるとけれど、それでも産休や育休みたいにとっても当然って、もっと取りやすい社会になってほしいなぁと思ってしまう。

まぁでも何より休めてよかったぁ。

そうそう、介護休暇と休業、母が病気になるまで違いがわからなかったので参考までに。

介護休暇は、要介護状態にある家族の介護、その他の世話(買い物、通院の付き添い等)を行うために、1年に5日まで(対象家族が2人以上の場合は10日まで)取得する休暇で、単発で取得することができる。

介護休業は、要介護状態にある家族を介護するためにする休業で、ある程度まとまった期間の休業。対象家族1人につき1回の介護休業をすることができ、期間は通算して93日まで。

となっている。
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雨にも負けず

桜の満開時にはなかなかピーカンとはいかず…。
青い空とピンクのコラボを撮るのは難しい。

そして今年も満開になってからは曇りや雨続き。
昨日の雨はけっこう激しく、花散らしの雨になるかと思いきや、なんとかギリギリ持ちこたえた感じ。







夜勤からの帰り道、これで見納めかなぁと。

なので、帰ってから母を車に乗せて、周辺をぐるりと。

母は腫瘍の圧排で食事はほとんど食べれず、じわじわ出血も続いてる。そして、センセからいつまで輸血をするかのお話もあり、だいぶと厳しい状況。

今まではお正月まで、誕生日まで、冬に自分で植えたチューリップが咲くまでと口にして来たけど、最近はもう楽に死なせて欲しいと弱音を吐くことも。

それでも家で点滴やらを調整し調子の良い時は少し外出したりと、車いすにも乗らず頑張ってます。
行きたいとこに外出ができる間は輸血もしてあげてもよいのかと葛藤も。

そんな母に桜を見せたくて…。

桜も母も雨にも負けず…。
生命の力を感じます。


家の庭で咲いたチューリップ



仕事休みました。

京都マラソンが終わって心配していたことが現実に…。

少し前から嘔吐がしばしばみられるようになっていた母ですが、さらに増え、体力は一気に低下。

点滴をしてしのいでいましたが、状況からは十二指腸に入っているステントがとうとう詰まってしまったか、新たな部位で腫瘍の圧排が考えられました。

で、センセと相談して、急遽胃カメラをしてもらうことになり、おそらく胃内には残渣がたくさん残っているだろうと前日丸1日絶食になりました。

食べても吐いてた状況だけど、「食べたらダメ」というストレスは半端なく、状況がつかみにくくなり、何度説明しても混乱を来たしてくばっかり。

いわゆるせん妄…。

たった1日でも、目はうつろになり、母の生気を奪っていった。

こんな状態で胃カメラすることがよいのか、でも、しなければこのまま嘔吐を繰り返して、食べれないストレスが続く…。

そんな葛藤を抱きながら病院へ。

何とか検査を終えて帰ってきましたが、そわそわ落ち着きなく、車のダッシュボードを開けたり、閉めたり、食べ物じゃないものを口元まで運んだり、さらにせん妄は悪化、短距離を歩くのもままならず…。

そして結果も予想通り、ステント内が詰まりかけていて、内腔は1/3ほどに。水分くらいにとどめといたほうがよい、ギリギリ許可できるのがお粥までとのことでした。


このせん妄いつまで続くのか…。

胃カメラや絶食によるものじゃなく終末期せん妄?
やっぱりもう厳しいのかな…。
このまま家で看れるのか…。
などたくさんの不安が一気に押し寄せて、一番は明日からの仕事どうしようそでした。

家で過ごしたいが母の希望でうちも出来る限りそうしたいけど、この状況が続くなら仕事をしながらは難しく、緩和病棟にも念のため連絡してもらいました。

そして、職場に連絡して、3日間休みをもらうことにしました。
結局、翌日にはせん妄は改善してくれたので、1日休ませてもらうだけで済みましたが。

働き始めて、初めて予定外の休みをとりました。
そして、申し訳なさからか、職場でいじめられてる?追い込まれてる?そんな夢をみました。

これから先どうなるのか、どうすべきか…。

そら、最期まで家で過ごして看取ることができたら…とは思うし、それまで休みを気にせずもらえるならそうしたい。
でも、そんなわけにはいかなくて、なおかつ、あとどれくらいは読めなくて、それを気にしすぎたら、待ってるみたいで悲しすぎるし…。

だからやっぱり流動的にしか仕方ないのかな。

ステロイドおばけのその後…。

ザノサー治療中、ステロイドの影響を受け、仕事のあり方についてふつふつと考えた日からしばらく経って…。

冷静になって考えても、このまま仕事を続けていけるのかとの思いは変わらず…。

この仕事ってなかなか急には休めない。1人休むとその分周りへの負担が直接もろにかかってしまう。それが夜勤で交代してもらうとなるとさらに…。

仕事に対して、甘く考えてるわけじゃないし、それなりの責任も持ってるつもり。
だからホントに悩ましい。


でも、仕事には代わりがいて、自分がいなくてもまわっていく。
だけど、今の母との時間は代わりはないし、この経験がきっとこれから仕事を続けていく上でも大きな意味を成すと思うから、
だから、やっぱり前もってこれからについてお願いすることにした。

2日以上の続けての夜勤は厳しいため、夜勤の組み方とそれに伴う夜勤回数の軽減、そして、日勤が続いた時に時間休で1~2時間早めに帰らせてもらいたいことを師長さんとスタッフに。
もちろん、今すぐじゃなくて、今後状態に合わせての話。
急に休まないといけないことがあるかもしれないことも伝えておいた。

ずっとじゃないし、また働けるようになったら頑張るつもりだし、許されるよね?
って自分自身に。

自分の病気でも休みをとり、心苦しい気持ちはあって、どっかで引け目を感じることもある。
だから、休みの日に母のこと以外でほんの少し出かけたり、息抜きすることもなんだかダメなことしている感覚に陥いったり、後ろめたさを感じたり…。

そして、それに対して反発する気持ちもあったり…。

ほんと、心って複雑。
あーでもない、こーでもない。
主張ばっかりする気はないけど、結局そうなのか?

ふはぁー。

どんだけ考えても答えはでない。
そして先はどうなるかはわからない。
だからその時々で考えていくしかないんだよねー。

一進一退

ご無沙汰ぶりな…。

最近はなかなかブログをアップする機会も減り…。
もちろん、忙しいのもあるけれど、たちどまって自分の気持ちを振り返るのも、なんだかしんどい時もあったり…。

それでも時間は流れていき、気がつけば、もう秋。


二人そろっての入院のその後は…。

うちはいつも通りな感じでザノサーを、母はCVポート挿入し、ケモして帰る予定も、そう甘くないのがやっぱり膵臓癌。十二指腸での腫瘍圧排による狭窄と胆管狭窄がわかり、しばらく絶食して翌週に内視鏡で両方にステント留置。そしてほとんど使うこともないまま、ポートの感染で再留置術。


予期せぬ展開でのストレス…。
入院期間延長でのストレス…。
絶食のストレス…。
ケモ再開できないストレス…。
合併症併発でのストレス…。
痛みのストレス…。

たくさんのストレスに耐えながら、いやいや、時には(常に?)娘にぶつけながら、なんとかかんとか、9月中旬に退院にこぎつけた。


退院してからも痛みが強くなったり、吐いたりすることもあるけど、なんとかかんとか…。

よい時間は長くは続かないけど、予期していたよりもはまあまあで。

一進一退に一喜一憂。

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