化学療法を続けるためには

初のザノサー+5FUで思った以上の副作用に悩まされ、少々続けていく自信がなくなりました。

ザノサー単独の場合には、ほとんど主治医にお世話になることはなく、退院後の受診も休みが取れない時には検査だけで許してもらうこともありました。

だけど、今回は次回について色々相談しました。
先生からは次の治療はどうする?と聞かれ、1回で止めるわけにはいかないしと返答し、6/25~2クール目を行うことになりました。もちろん先生も意見を聞いてくれたもののそのつもりです。

気持ち的にはザノサー単独に戻してほしいですが、1クールでは足した5FUの効果がどうなのかは評価が出来ません。
2クールして評価するか3クールして評価するかは悩んでいて、2クール目の様子をみて決めることにしました。

あまりにしんどければ、RFAの覚悟を決めて、その後はザノサー単独もありかなーと。(関電病院ではRFA後もザノサー+5FUの方針でしたが…)

主治医からはアフィニトールやスーテントは?との提案もありましたが、やっぱり毎日飲む気にはなれないので断っておきました。


そして、2クール目は治療終了翌日から内服で少量のステロイドを3日目ほど出してほしいことを提案し、快く了承してもらいました。
どこまで効くかはわかりませんが、点滴治療中はそこまでしんどくなることはなかったので、デカドロンが効きやすいのだと勝手に思っています。
ステロイドには消極的な時もありましたが、ずっと使うわけではないし、うまく副作用と付き合わなければ続けていけないし、試す価値はあるかなぁと。

今回、10日で体重が−3キロにもなりました。今は少しずつ増えてきていますが、このまま減り続けたらと危機感も感じています。ザノサー中の約3年で10キロ弱増えて、文句を言ってたのにね。

退院後の吐き気と腹痛、グルPiまでもいかないけどお腹の調子を崩したことが敗因、今回はこれをなんとか最小限にしたいものです。


前から変わらない思いですが、仕事とそこそこのプライベートの充実がなければ、治療を続けていく意味はないと思っています。

生き方は人それぞれ。

いいのか悪いのか、看護師としてたくさんの方を看取りました。そして両親も。知らず知らずのうちに死生観も芽生えたのかも知れません。
そして、寂しいことに夫や子どももいません。いざという時、近親者は兄だけ。
できる限り自分の力で、色々整理し、サクッと幕をひきたいというのが本音です。

それに肝転移から5年も経過できて、仕事を続けながら、やりたいこと、行きたいところ、直感で思いのままに行動できて、一生懸命生きてきたし、十分と思える猶予はもらいました。

様々な方がおられる中、恵まれていた時間とも思っています。


もちろん、まだまだ諦めたわけではありません。

だからこそ、化学療法を続けるためにはPSを保つことは大切だと実感しています。最低限の副作用で済むような対策としっかり栄養と睡眠をとり、適度な運動で筋力維持にも努めていきたいなぁっと思っています。


写真がないと寂しいので、こないだしまともさんが無事出産されたので、ちょこっと遊びに行ってきました。
パチクリお目目の赤ちゃんに癒されました。

色々乗り越えての出産!
希望は無限大∞

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やりたいことはやる!

まだ本調子とはいきませんが、仕事も復帰し、日常生活もそれなりに送れるようになってきました。

そんな中、26日には神戸で行われたチャイルドケモウォークのイベント会場に行ってきました。
ほんとはウォークも歩けたらよかったんですが、体力の回復もわからなかったので見合わせ。

イベント会場への目的はダカラコソクリエイトさんが開発したメディガチャ。





3Dプリンターで医療機器を再現し、ガチャガチャにしたもので、めちゃくちゃクォリティーが高かった!
聴診器や注射器、リニアック機、輸血パック、輸液ポンプなど様々なものが、思いやエピソードも添えられて…。



開発者のダカラコソクリエイトさんの
めでぃガチャで伝えたいのは、

“医療と患者の視点をもっと身近に”
“子どもの心のケアの大切さ”
“Digital Fabrication×ケアの可能性”

うまくいくかわからないけど、やってみたい!
社会課題の解決に楽しさとワクワク感を。


そんな思いにすごく共感して…。

こんなんあったら、子供たちは目をキラキラさせてガチャガチャするだろうなぁーと。
で、うちもガチャガチャしたい!とやってきました。
ワクワク感楽しかった。


体調的にはまだ十分ではなかったですが、行きたい、やりたい思いは行動を起こすのにグッと後押ししてくれます。

トマトやとうふ、そんなんしか食べれてなかったけど、ランチにはちゃっかりステーキ食べて、カバンまで買い物して帰ってきました。




生活の質を落とさずの抗がん剤治療じゃないと意味がない。

今回、だいぶとやられてしまったので、
生活面で、治療の副作用面で、どれだけ許容して、妥協するかもこれからはキーになってくるのかなぁっと。

ハッとさせられて…。

長い間、看護師をしていると、色んなことに慣れっこに。

たまたま見た金魚さんって方の「ベストを期待しながら万一に備える」というブログに、

『いつも予測してベストな治療や看護を提供する
一方で
最悪の事態もどこかで予測している・・・
万一に備えなければ迅速に対応など出来ないから
けれども忙しい日々の中で
最悪の事態に備えることに慣れ
最悪の事態に陥る可能性ばかりを
患者の前に並べていないか
ふと不安になる』

とあって、

はっとさせられる。

確かにそうだなって。
厳しい現実を目の当たりにすることもあり、悪い方、悪い方へと考えることが普通になってたり…。

多発肝転移をした時も、膵臓がんになった母の時も「もうあかんねんな」ってどこかで覚悟決めたというか、諦めてた。

多発肝転移、膵臓がんってキーワードだけで。

頑張りすぎないであっさり生きていきたいと。

そのスタンスは今でも変わってないけど、
でも、自分が病気になったり、特に母の看護をして、初めて気付く思いもたくさんあった。

こんなにも生きたいって思ってることや治療ができなくなったり、輸血も適応じゃなくなった時の恐怖とか…。

凝り固まった考え方に少しは柔軟性をプラスできたかなっと。

自分にとってのブログの存在

前回の少々凹んだブログ、ブロ友さんやしま友さんがら、思っている以上に心配や応援のメッセージいただいて嬉しい限りです。

さすがにその時は次は一体何がいつ起こるのかとまたまた暗雲の世界へ。

ザノサーの効果と肝転移の行方が予後を左右すると見据えていた未来に、横から障害物が当然現れる。それがいつなのか、何なのかわからず、怯え、翻弄されるのはうんざりと思いながら、凹んでた。

でも考えれば、今何かが起こってるわけじゃないし、いつ起こるかもわからない。それにジタバタしてもねってあっさり切り替えた!


この病気になって何度も思う言葉、「なるようにしかならない!」。

どんなにもがき苦しんでも、やつに出会い、再発を繰り返し、抗がん剤を始めなきゃいけなかった運命は変えれなかった。

でも、そこで悩み考え、治療方針や仕事の仕方を選択したり、仲間の存在に助けられ、気分転換をしたり、体力を維持して、今を過ごせてる。
そこには少なからず自分が選択できることもあったはず。

変えられない事実にもがき苦しむんじゃなくて、そのなかでできることを一つでも見つけていけたらなぁっと。

理想ですね。笑笑


前置きまで長すぎですが、ブログのタイトルにあるブログへの思いも少し…。

多発肝転移をして、皆のブログに勇気づけられて始めたブログ、細々ですが何とか4年くらい。

昔も今も変わらず思っているのは、素の思いをタイムリーに綴りたいなぁと。(おさぼり気味ですが)
苦しい時、凹んだ時、悔しい時、踏ん張りたい時や、もちろん嬉しい時や頑張った時など、やつを通して感じた気持ちを

色をつけずにね。

そして、病気の現状、今後進行していったとしてもできるだけありのままにと思っています。

知りたいと思った情報を求めてるブロ友さんがたどり着きやすいようにと思うのももちろん、
闘病中のご本人、ご家族にもたくさんのケースがあることを知ってほしい。

10年20年、治療を継続しながら生活できる人もいれば、旅立たれる方がいるのも事実。

諦めず治療を継続する中でも、どこでどうしたいかを平行しながらプライベートのことも考えてくことも必要なのかなぁって。誰にも訪れる死、口に出さなくても知らず知らず考えていくのも大切なのかなと。

偉そうなこと言ってすいません。

看護師をしている職業柄、たくさんの最期を看取りました。

小さな子どもから、まだ母になったばかりの女性、子どもが成人する前の働き盛りの方、
たくさんのジレンマや葛藤を感じることがほとんどでした。正解はないけれど…。

でも、そんな時少しでもその方の生き様や大切にしてたことを聞けるとコミュニケーションエラーは少なくなり、話しやすい関係が作りやすいのではないか、求めてることも知れて看護の幅も広がるんじゃないかと感じます。

意外に病棟の看護師と濃厚に関わるようになるのは随分あとになってからも多いです。

そんな患者になりきれない看護師目線の思いも影響してるのかも知れませんね。

そう言いながらうちもまだまだです。
多発肝転移をした時には死の覚悟をし、焦燥感で毎日泣いてプチ鬱でした。

たけど、それからはゆっくり進行するという病状にも助けられのらりくらり。それでもそれが地盤にはなって、時間は他の人とは同じだけはないと知り、やりたいこと、楽しいことしたいなって、そして今の自分だからできること、わかれる、寄り添える気持ちを大切にし、小さなことからでも何かできたらなぁと思います。行動力はゼロですけど…。

遺伝子検査の結果でまた未来は当たり前にはやってこないことを知って…。

治療は諦めず、希望を持ちながらが行うのが、一番のモチベーションです。
でも、治療転換期などにふとした時に頭の片隅で、立ち止まって考えるきっかけになったらなぁというのが本音です。

目先のことで精一杯頑張られてる方にわかってもらえないかも知れないし、
気分を害された方がおられるかも知れません。

10年経ったから考えられることもあります。
考え方は色々だし、何が正しいなんてわからない。
そんな方はスルーしてくださいね。

トンネルを抜けて

ようやくザノサーの侵襲も落ち着き体調も回復傾向で、明日からはいつも通り仕事復帰です。

今回もしんどかったなぁ、それだけです。

入院してザノサーを投与してる時は第1ラウンド。
そして、退院してからは副作用で苦しむ第2ラウンドが始まる感じ。

ザノサー終了後の2~3日までがほんとにしんどい。全く動けず、体はほぼほぼ水平状態。そしてこの時期、精神的にも追い詰められていく。

いつまで続くのかという不安に、何にもできない自分を目の前に焦燥感に襲われてく。

ただただ耐えるしかないこの時間が最も苦痛で悲しくなるんだよねー。

わかってる。そんなに頑張らなくてもいいんだって。もっともっとありのままの自分を受け入れて気楽に過ごせたらって。
頑張り過ぎたら自分で自分を追い詰めてくことになることも。

だけど、マインドコントロールってそんなに簡単じゃない。


ガンとの共生、治療をしながらの生活、いっぱい悩んで、葛藤があって…。

その人にしかわからない気持ちもたくさんあったり…。

苦しいけどそんな気持ちも大切にしながら、何とか折り合いつけてやってくしかないんですよね。

せめて、この経験がいつか誰かの力に、寄り添える力に変えられたらなぁなんて思いつつ…。


今は負のスパイラルからもようやく抜け出して、トンネルの出口が見えた感じ。

そして、ある程度、その苦しい記憶は曖昧に。だからまた次を乗り越えられるんだよね。
忘れてくことがこんなに大切だなんて不思議。



今日は誕生日で、また一つ歳を重ねました。

病欠中だけど、体慣らしも兼ねて、ちょびっとお出かけし、ステーキランチを食べてきました。
柔らかくて美味しかった!





行こうとしてたカフェが定休日でたまたま友達に連れてってもらったお店でしたが、そこは何年も前に母と一緒に同じく誕生日に訪れたことのあるお店で、
たまたま友達からいただいたぶどう大福は去年母がずっと食べたがってたもので、

たまたまのたまたま、今日はなんだか母を近くに感じる一日でした。

1年前の今日は母のWステント留置の日だったなぁ。

まだまだ振り返るには辛いことも多いだけど、きっと見守ってくれてるかな。
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