自宅療養③

2006年にNETと診断されて、手術を繰り返し、3度目の自宅療養。
自宅療養中は時間があるから特に色々考えてしまう。
今から振り返っても、心が病んでたなって思う。

今回の入院で、
多発肝転移をどう受けとめ、これからどう生きていくのか、いつかの再発や死についても考えていかないといけないと思った。

冷静に受けとめてるつもりでいたけど、そんな思いがどこかで重圧になってたんだと思う。

看護師として働く中、たくさんの癌患者さんやご家族さんと接し、多くの最期にも関わってきた。
患者さんには苦痛緩和を中心に穏やかな最期を迎えられるよう、ご家族さんには
大切な家族を失う現実を受けとめられるようにと思って日々ケアを行っている。

治療効果が得られなくなったとき、治療ができなくなるとき、そして、死期が近づいているときなど、患者さんやご家族さんにはその時々でたくさんの葛藤がある。
希望や目標を持ちながらも、現実を受け入れてってもらうために、どう関わりを持つか悩むことも多い。

そんな経験が、自分の最期についてもどうあるべきかを考える。

今後どういう経過をたどるかや、厳しくなってきた状況を察知できる力はそこそこあると思うし、長い付き合いになってきた主治医もすべて話してくれると思う。
だから、そういう時がきたら、じたばたせずに、ちゃんと受けとめなきゃいけないって思ってた。
そして、残される家族の悲しみも最小限であってほしいと願うのも確か。家族にもちゃんと自分の死を受けとめてほしいと求めてしまう。

看護師であることで、先々まで考えてしまうところがあったり、どこかに弱音が吐きづらかったり、優等生の患者を演じてしまってるとこもある。

だけど、やっぱり看護師と患者の二足の草鞋、器用に履きこなすのは難しい。

こうあるべきと求める自分と今の自分、いろんな思いが錯綜し、行き場を失って、半日くらい泣き続ける日があった。
それは、ちょうど関西で行われた患者会に参加した翌日。
退院して、まだ2、3日しか経ってなくて、ちょっと無理して参加。
同じ病気を持つ仲間と知り合えたこと、そして、そのなかには、同世代くらいの仲間がいたことは、とても心強く感じたのも確かだったけど、自分の病状を口にして話すことは、病気と向き合うことになる。

それが、身体的にも精神的にもバランスがとれてない時には負担になったのか、感情のコントロールができなくなった。
病気になってから、親には極力心配をかけたくないから、感情を表に出すことははあんまりなかったけど、止めれない涙はどうすることもできなかった。
ほんとに病んでたなと。

はじめてリエゾン(心療内科)とか必要になるんじゃないかと感じた。
こんなんでは、仕事復帰もできないと思い詰めた。

多くの癌患者さんがたくさんの思いや葛藤、不安を抱えてる。
リエゾンなどの専門医に話を聞いてもらうことは治療をしていく上でも大切なサポートとなっているのも、理解してるつもり。
今回、そこにも助けを求めることはなかったけど、いつか、またこんな日が来たら、その時は…とも思う。
仕事への復帰を遅らすことは可能だったと思うけど、復帰を遅らす選択はさらに自分を追い詰めることになる気がして、予定通り復帰の道を選んだ。

今から思えば、あんなに悩んだり、苦しんだりしたけど、結局、解決してくれたのは時間だった気がするなぁ。
思い詰めてる時には、そのことしか見えてないし、どんどん迷路を進んでいく感じ。
少し時間が経つと、客観的にみれる。悩んでた自分を外から見れて、認められる気がする。
考えても答えが出せないこともたくさんあるし、なるようにしかならないって思えることも大切と。

だけど、あの時、あんなに悩んだり苦しんだことは、きっと受容ためのステップアップの一歩で、今に続いてるんだと思う。
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