白馬の王子様

こないだ、久しぶりに結婚式の二次会やらに行ってきた。
この歳になると、結婚式や二次会に招かれる機会は随分と減り、招かれるとしても後輩がほとんど(→当たり前(°▽°))。

今回、招かれた後輩は、小児科病棟で働いてた時に、新人さんとして入ってきて、初めてプリセプターとして、新人教育、指導に携わった子。
一緒に働いてたのはもう10年くらい前で、ここ最近はなかなかごはんをする機会も減っていた。それでも、たまに会えば、話はつきないし、しっかり働いてる姿をみて嬉しくなる。小児から成人病棟への部署異動は想像以上にきつく、その子もしんどそうな時期があった。そんな時支えてくれたのが、旦那さんとなった人。
あの時のしんどそうな姿を知ってるから、幸せそうな姿を見れて、ほんとによかったなぁって心から思う。

そして、やっぱりちょっとだけ、いや、だいぶうらやましくも思う。

近くに支えてくれる人がいるっていいなぁって。
色んな思い、わかってくれる人がいるって心強いなぁって。

さすがに結婚はキッパリ諦めてる。初めて手術した時が30歳。その時からってわけじゃないけど、再発をくり返す度、だんだんと…。今じゃ、病気のせいにできて、都合いいくらい。周りからも結婚、結婚って言われなくなったし、正直楽になったとこもある。

結婚となると、二人だけの問題じゃないし、少なからず病気の理解を求めないといけない。そんなエネルギーがもてなかった。
ってのはいいわけで、病気や障害を抱えてる人だって、そうじゃない人だって、色々乗り越えて結婚して、幸せな家庭を築いてる。
病気のせいにしてるだけで、もともと、恋愛体質ではないし、ほんとは個人の問題、縁がなかったというだけ。

自分をわかってくれる人がほしいとか、揺るぎない絆がほしいとか思ってる人ほど、白馬の王子様が迎えにきてくれると信じてる(笑)。もちろん、待っても現れるわけじゃなく(* ̄ー ̄)…。

実際は自分を表現するのは苦手。気も遣うし、強がってもしまう。それに自由すぎて、他人と一緒に共同生活するのはムリムリ。

はじめの再発がわかる頃、付き合ってた彼がいた。結婚を考えてたわけじゃないけど、延長線上にあってもいいかなくらいには考えてたかもしれない。
でも、弱音吐けなかったなぁ~。彼は彼なりに親身になって心配してくれてたと思う。ちょっと遠いとこに住んでたけど、再発がわかった時には不安だろうからと駆けつけてくれようとしてくれたけど、一人でいるほうが一人で泣いてるほうが楽だと感じてしまった。それが素直な気持ちだった。そら、だめになるのも時間の問題よね。

小さい頃は両親が共働きで、一人で留守番できないほど、さみしがりやで、毎日、毎日、近所に迷惑になるくらい人前で泣いてたのに、いつからこんふうになったんだろ~。
もしかして人の涙の量も決まってて、あの時泣きすぎたから?とか。
あの時みたいに、自分の感情のまま、思いっきり泣けたり、悔しい思いやさみしい思いをぶつけられたら、どんなに楽だろうって。

何となく結婚を諦めてから(また病気のせいにしてるけど)、どんなにたくさんの幸せな人をみてきただろう。女性の職場でもあるから、結婚とか妊娠とか出産とか、めっちゃ多い。ほんとはめっちゃくちゃうらやましい!!!

結婚にはむいてなくても、子育てならそこそこできると勝手に思ってた。
看護師として働き始めた時、希望通りの小児科病棟に就職し、6年ちょっと働いた。
生後間もない児~高校生、大学生まで、うまれつき重い心臓病や小児がんと闘う患児を看てきた。
寝かしつけたり、一緒に遊んだり、時には叱ったり、日常生活全般に関わって、色んな技術を身に付けた。そして、母親の強さも知った。
いつかは自分も子どもがほしい、母になりたいって思ってた。
もちろん、今はこれも諦めてる。

人は人、自分は自分ってわかってるし、隣の芝生は青くみえるもの。みんな人には言えない、見えない悩みを抱えてるだろうし、自分だけが特別なんじゃない。だからね、こんなに色んな気持ち持ってても、うらやましく思っても、人の幸せをちゃんと喜べたり、祝える人でありたいとは思ってる。強がりなのかなとも思うけど、大きな心持ってれる人でありたいって思うんだよね。

いつもいつも、前を向いてるのは無理だけど、うらやましくなったり、悲しい思いや悔しい思いをしても、また前には向けるようになりたい。

そして、今日も、結婚はしなくても、パートナーとして、こんな自分を受け止めてくれる白馬の王子様が迎えにきてくれないかな~と、本気で待っている(//∇//)(//∇//)



これはこないだ結婚式をあげた後輩がこの春退職することになったので、お祝いに買ったバルーンアート、幸せになってね。
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一足先に春

昨日は友達からなばなの里のチケットをもらったので、行ってみることに。

3月末までのイルミネーションを見に行くのが目的だったけど、園内は梅と桜が満開( ☆∀☆)

天候にも恵まれ、青に映えるピンク色が華やかさを増し、とっても綺麗で、心あらわれました(*^▽^*)

満開の桜は河津桜といって、日本で一番早咲きの桜だそうで、園内には300本の桜が植わってるそう。



ビオラで彩られたドラエモンとドラミちゃん。



ライトアップされた桜と梅もまた素敵(//∇//)



イルミネーションもダイアモンド富士やら光のトンネルなど楽しめました。


でも、やっぱ、人工物よりも自然がつくりだした景色のほうが心に響く!


昨年はちょうど桜が満開の頃、手術が終わって回復してきた頃だった。
毎朝、桜を見に鴨川へ外出してたなぁって。
いつもは忙しくて、気がつけば散ってしまってる桜を思う存分みて、儚さの中の強さみたいなのを感じてた。

今年もこうして、たちどまって、春を感じることができてよかったぁ!

あと1週間もすれば、京都でもお花見楽しめるかな♪

医療費控除の落とし穴

昨年1年は、病院に色々お世話になり、初めて医療費控除の申請をしてみることにした。

医療費控除たるものは1年でtotal10万を超す医療費に対して、その一部を国が補助してくれるものって程度の認識。
周りから聞いた印象では、申請しても、返ってくるのは微々たるものと。
それでも、ちりも積もれば山となる、みたいな感覚で、申請書を取りに行く。
今後、さらに医療費がかさむことをを考えれば、いったい、どれくらい返ってくるかを知るのもお勉強かと。

まず、知ったのは、確定申告はお早めに!と言われるけど、医療費控除は還付制度のため、この時期じゃなくてもいいらしい。遡って5年まで請求できると。
ほうほう、なんとなく聞いたことあるかもって。

それから、請求できるのは、病院にかかったお金以外に、そこまで行く交通費や病院以外に薬局などで購入した風邪薬なども対象に。あとは医療用具や6ヶ月以上寝たきりのおむつ代(医師の証明書が必要)、訪問看護とか…。
同一世帯ならまとめて請求できる。
へぇ~って。

そして、生命保険金などで補填される金額は差し引かなくてはならない。
高額医療費なら国の制度だから、わかるけど、生命保険って、個人が自らのために保険料を払ってかけてるもんだし、ここはなんか、腑に落ちないけど、注意点に大きく書いてるから渋々納得。
うちが加入してる保険には通院補償はついてないから、差し引いたのは入院にかかった費用のみ。

そんな、こんなで、記載例を確認しながら、自分なりに書いてみる。
すべての領収書を計算するのも時間かかるし、源泉徴収票からあれこれ計算するのも面倒でむいてないなっと。
ただ記載例は分かりやすく書いてあるから、初めてのうちでもできないことはない。

で、出来上がって、気がついたこと。還付額がえらい高額!
ん?
返ってくるのは微々たる金額なんじゃ??
ん?
払った金額よりは多いってことはないけど、10万差し引いた金額よりははるかに多い。
なにかが違うと思い、も一度やってみるけど、どこがおかしいかわからず。
まさか、まさか、こんないい制度なのかとも思ったり。

仕方ないので、確定申告のお手伝いをしてるところまで出向き、

そこで、発覚!!!
今回、税務署から還付する金額はありませんと。

えええっっ。

原因は住宅控除を受けていて、その額がけっこう高額なこと。

げげげぇぇ。
住宅控除と医療費控除がリンクしてるなんて、これっぽっちも知らなかった。
詳しい人からしたら、これって当たり前のこと??
多大な借金をかかえながら、病気と戦う人にとって、なんと、優しくない制度なんだ!!と。
源泉徴収票の源泉徴収税額が0の場合は還付するお金はないらしい。
住宅控除と医療費控除、全く別もんやん!
確かにどちらも国からの補助だけどぉ。
しょぼ~ん。


で、向こうの人から言われたことはもう少し給料が上がって、住宅控除額が減れば、申告できますと。
といっても、還付されるのはほんまに微々たる金額なんだろうなっと印象をうけた。

そして、もひとつ言われたことは、税務署からお返しできるお金はないですが、提出してもらったら、市民税がお安くなるとのこと。

どういうこと?
これはどんな制度?
全く理解できなかったけど、目安として、年間、医療費控除額の10%程度は安くなるらしい。
誰か、わかる人、解説してほしいもんだ。

って、ことで、もちろん、提出することで終了。。。

いやぁ~、愚痴らずにはいられない出来事でしたぁ。
無知なことで、損すること、きっと他にも色々あるんだろうなぁって。





肝転移切除後の再発治療(セカンドオピニオン②)

2013/3/21、肝転移に対して10ヵ所の
肝部分切除施行。やっとの1年なのか、あっという間の1年なのか??
術後半年で再発疑い。10ヶ月経って、やつは画像上5ヵ所あり、大きくはならずにとどまっている。そして4月に再検し、治療方針が決定する予定。

今までは再発までの間隔は2~3年だったけど、やはりおそるべし肝転移、血流豊富すぎて、あちこちにちらばりやがる。年単位で自由な時間を手に入れることすら難しくなった。
手術後、せめて1年、欲をいえば2年このままであってほしいと願ったの覚えてる。どうにか、こうにか、1年は自由に過ごせたけど、
今後の治療をどうするべきか…。

NET肝転移の治療法は確立してないのが現状。特に肝切除後の多発肝転移についてはさらに。

自分のなかでは、
手術が希望。手術もしんどいけど、乗り切れば自由になれる感覚。
かごの中で飼われてた鳥が自由に飛び立ってけるみたいな…。
ケモや分子標的薬はエンドレスで時間的にもお金的にも生活の質的にも自由を奪われる感覚。今より制限される生活はより一層小さなかごの中でバタバタ羽をばたつかせてるみたいな…。
もちろん、どちらも個人的な勝手なイメージ。

後者の治療をしている人も生活の質をおとさず、うまく付き合ってる人もたくさんいる。
ただ、前にも書いたけど、独身だし、子どもがいるわけじゃないので、1分1秒でも長く生きたいという思いはなく、仕事して趣味ができるといった自立した状態を維持した上での治療が希望。今はがっつり、とことんって気はないな~。(←性格はストイックなとこあるし、また気持ちは変化してるかも??)

って、ことで主治医を含めて何人かの先生に意見を聞いてみた。

①主治医
今のところ手術の方向、前ほど手術!って感じはない。

②とある肝臓内科医(HCCをメインに治療)
外科がとれるといったら手術。とことんとるのが定石。ベースに肝硬変があるわけでもないんだから、局所療法をあきらめないことが大事。ケモはアジュバントとして考えるかどうか。とれなければ、TACEはしなくていいけど、RFAは適応あり。
再発の間隔が狭いとどうしてもケモの話が出てくるけど、個人的にはケモはアジュバントとして行うのがよいと思う。
効果判定は難しくなるが、小さい方(ミクロレベル)が効果があるんじゃないかと。
次に再発あれば、オペして、アジュバントケモして、次の再発が大きくなればまたオペ。
何か今までの方針(手術のみ)から一つ変えたい気がするなぁ~と。

③主治医を介して国立がん研究センター中央病院の内科医
(NETフォーラムで手術希望を伝えた上でサンドスタチンを含めた治療適応について相談してた先生)
サンドスタチンは、PROMID試験でPFSの延長が示されたが、SSTR陽性例のみを対象としたわけではないので、必ずしもSSTR陰性だから使ってはいけない、ということにはならない。ただ、理屈上はSSTR陽性のほうが効くとは思うので、難しいところ。
(対象疾患は中腸由来のNETで膵NETにそのままあてはまるかは、はっきりわからない)
最近Lanreotideで同じようなRCTが行われ、PFS延長が示された。この試験には膵原発も含まれていたが、膵原発のサブ解析では明らかな有用性は出ていなかった。
また、ある薬剤が進行例に有効と分かってもそれがそのまま術後療法として有用か、という点についても議論がある。
以上を考えると、エビデンス、という意味ではあまり積極的にオクトレオチドを術後に再発予防目的で使う、という根拠は少ないように思うとのこと。
エベロリムスについても、術後に使う、という意味ではアジュバントの臨床試験がやられていない以上、使う積極的根拠とはなりえない。

④セカンドオピニオンでの関電病院の外科医
NETの多発肝転移については全ての腫瘍切除が可能であれば切除を行ったほうが予後延長効果があるといわれてるが、再発率も高く、根治的意義は少ない。次回の画像検査で数が増えてなければ手術。再発予防に分子標的薬が選択肢になるが、エビデンスはなく、経過観察でもよい。再発時にはTACE>RFA、ケモを考える。数が増えてれば、積極的な手術適応にはならない。ストレプトゾシンが近い将来、保険適応になる予定であり、そうなれば、選択肢の1つとなりえる。ストレプトゾシンは点滴治療で1日投与し、毎週継続する方法と1週間投与し、6週毎に繰り返す方法があると。

まとめるとこんな感じかな。
これだけ再発をくり返すと、先生達の中にも手術のみでは行き詰まり感があるのが伝わってくる。

さぁ~、どうするかな。
もちろん、次回の結果が大きく左右するし、治療方針は主治医と相談しながら、決める形になるんだろうな。

だけど、こんなに意見聞いたけど、自分の中では当初の気持ちと変わらず、たとえ根治的意義が少なくてもオペしてとれるだけのものとって、やつを一旦排除したい!そして、術後治療も次回でてくるまでは何もしないと今は思ってる。もちろん、再発してくるだろうけど、最後になるかもしれない手術にかけたい!そして最後になるかもしれない自由の時間を羽ばたきたい。
そうしなきゃ、次のステップへすすむ、ふんぎりがつかない気がするな。

それぞれの先生の意見を聞いたことは自分を納得させるための1つの手段、そんな意味でセカンドオピニオンは意義深い。一般的な治療やエビデンスのある治療の情報もほしいけど、どの先生もうち個人をみて、希望をきいた上での治療方針を模索して下さったことに感謝してる。

あと、ほしいのは先生の後押しかな。
「オペしてやつをとる!術後補助療法は受けない!」っのに背中を押ししてくれるかな~。
まだ結果もでてないけどね~。大きくなってないと勝手に思ってる(・∀・*)

術後一年(25会)

25会=平成25年オペ組会というものを発足し、オペ1周年会を開催。

知り合ったしまうま仲間の中に、たまたま昨年の1~3月に手術を受けた人が、うちを含めて5人もいて、ほぼ?ざっくり?同世代。

それぞれに色んなことあった1年、頑張った1年ってことで、とりあえず、お祝いをしようということになって、
みんなで、たこ焼き&ホットケーキパーティーをo(^o^)o

口を揃えて、「1年前にはこんな日を想像できなかったよね~」と言いながら、食べる、食べる!しゃべる、しゃべる!笑う、笑う!

みんな大きい手術してるけど、1年経てば、ちゃんと食べれて、お酒も飲める。人間の身体ってすごい。適応能力半端ない。
「食べること」は「生きること」なんていいながら…(笑)
おいしく食べれることは幸せですねぇ。

もちろん、病気のことも話すけど、恋愛や私生活の話も。さすが女子会!話題がつきない(〃∇〃)
唯一の男性(1歳児)は圧倒されすぎて、クールにうちらを見守ってる感じ…。

楽しすぎて、あっというまの時間がたっちゃいました。

病気になってよかったって思うことは決してないけど、病気になっても楽しめることはある。

新たなご縁にも巡りあって、
こんな仲間ができるなんて思ってもみなかった。
みんな病状も違うし、仕事してたり、子育てしてたり、主婦してたりと色々だけど、それぞれに頑張ってて、刺激になる存在。

また来年、こんな会が開けたらなぁと。来年と言わずに近々でもね♪

そして、これから手術を受ける人が、これをみて、少しでも励みになったらいいなぁと。







ボスとの面談

年度末で、新人さんを迎えるために調整異動が始まった。
例年、一病棟に2~4人の新人さんが配属される。
うちの病棟は退職者がいないので、2人異動して、3人の新人さんがくるんじゃないかと勝手に予想。

そろそろうちも異動対象になってくるけど、今回の異動ではなさそうな感じ。

昨年、やつが肝転移してから、今後の仕事のあり方について考える機会が増えた。
仕事をしながら、やつともうまく付き合っていかなくてはいけない。
モチベーションの面でも、経済的な面でも、できる限り仕事は続けたいと思ってる。

で、いつまで今の消化器内科で働くことがいいのか…。
手術以外の治療法も考慮されるなか、ずっと外科の先生が主治医として診てくれるかわからない。いつか、内科へシフトされることがあるかもしれない。
それに同じ疾患を持つ患者さんの看護を自分がすることがいいのかどうかもわからない。
そんなことを考えると、違う部署へ異動したほうがいいんじゃないかと漠然と考えてきた。

ただ、やっぱり、異動はエネルギーがいるのも事実。今の病棟にいれば、仕事も慣れてるし、病棟のボス(師長)も病気のことを理解してくれている。
異動となれば、新たな環境で仕事も人間関係も築いてかないといかない。そこでのボスにも理解を求めてかないといけないし。
ただでさえ、病欠をとるのは気が引けるのに、仕事がままならないうちにとなるとさらにだし、異動のタイミングも難しい。

そして、これからは今までのように1ヶ月病欠したら復帰というような、目処がたちやすいものとは限らない。分子標的薬やケモが導入されるとなれば、副作用によって、急な体調不良で休まないといけないこともあるだろうし…。

人を相手にする仕事、急に休むことがどんだけ迷惑をかけることかも働いてきたからわかる。しかも夜勤中ならなおさらで…。

ほんとはちゃんと周囲に病気のこと話して、理解してもらって、協力を得ることが一番だとわかってる。だけど、今はまだその勇気ないなぁ。。

このまま今の病棟に居続けるのがよいのか、できるだけ早い段階で異動して、新たな環境に慣れるのがいいのか、自分でもわからない。
ってか、異動を決めるのはうちじゃなく、病院という組織なんだけど(>д<)…

それでも、次の異動先はどこでもというわけにはいかないし、希望としては、加配をおいてもらえる部署にと思う。
病欠は一緒に働くスタッフへの直接負担となる。お互いの助け合いや協力が大切ってわかっていても、忙しい状況の中で、何度も続くとなれば、「また~」となっても仕方ない。自分も疲れてたら、余裕なくなるし、気持ちわかりたくても、そうできない時だってあるもんな~。
みんなへの負担が大きいと感じれば、感じるほど、きっと、働き続けることへの迷いが生じ、仕事への限界を感じるんじゃないかって。
だから、勝手だけど、加配があれば、そんな気持ちが少しは楽になるんじゃないかと思う。

病気を持ちながら、仕事を続け、社会との交流をどう持ち続けるかが今後の課題なんだと思う。
だって、まだ30代だよ。できるだけ自立した存在でありたいって思うのも当然のこと。
時々、新聞などでも抗がん剤治療をしながら、仕事しているという記事が取り上げられている。そんな記事を見るたびに、もっともっと社会へ広がっていければいいのにな~と思う。
そして、患者を支援する病院だからこそ、そういう場であってほしいとも願ってる。

今回、そんな気持ちをぶつけてみようと病棟ボスよりさらに上のボスへ面談を挑んでみることにした。
病棟ボスには機会があれば、そんな話をすることはあったし、上との橋渡しになってくれてた。
いつでも何かあれば、話は聞くとはいってもらってたので、異動のこと、今の病状、それに自分の思いを直接話してみることにした。

で、面談を終えて、
言いたいこと、ちゃんと全部伝えられたのかな~、どんだけ伝わったのかな~と思うのが正直な気持ち。
話してると不覚にも涙でてくるしさ、言葉に詰まっちゃうしさっ…。
思ってるのと言葉に出して表現するのでは重みが違う気がした。

異動については今すぐではないけれど、次のタイミングぐらいで、幾つかの候補をあげてもらった。

気持ちは刻々と変化するし、これからやつがどうなるかによっても、大きく揺れ動く。
今の気持ちと仕事に対する希望は話せたので、まぁ、よしとするかって感じ。
きっと、まだまだ1歩にすぎない。
これから何度となく向き合わないといけない問題だろうし、その都度、ちゃんと自分の思いや希望は伝えていければと思う。

やつも仕事も、自分じゃ決められないこと、自分の思うように進まないことがある。だからそこは流れに逆らわず、プカプカと流され身を任せるしかない。運命に任せるのも大事なことだと思う。一方で自分の努力で流れが変えられることがあるなら、そこにはしっかりしがみついていきたいとも思う。








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