一目惚れ

今日はお昼からCTと麻酔科外来へ。

そのせいか目覚めが悪かった。朝方早くに目覚めて、時間が早いからうつらうつらしてる時に見た夢?いやいや考えたこと?が、開腹したけど腹膜播種があって手術ができなかったというもの。手術が終わる時間が早く、ドレーンが入ってないことでそれを察知して、麻酔が覚めたぼーっとしたなか確認しようと主治医を呼んでほしいと訴えてた。リアルすぎるから、まるっきり夢ではなく、不安が夢という形になってでてきた感じ。
不安がつきないのも仕方ないこと。

何となくどんよりのはじまりだったから、病院までに近くに買いものに出掛けた。そこの雑貨屋さんで見つけたのがこれ。


一目惚れ。
実はカエルに目がない。この他にも何種類もあって、全部買っちゃいそうな勢いだったぁ。

カエルを集め始めたのにはきっかけがあった。病気を発症する前、小児科でお世話になったお母さん的な存在だった大先輩がUCで入院された。就職した病棟は厳しい先輩も多かったけど、その大先輩は年も20歳くらい離れてたので、中途半端に歳上の先輩と違って、自分の娘のように思って成長を見守ってくれてた。入院された時にはうちはもう消化器外科へ異動してたけど、お見舞いをどうしようかと悩んで、選んだのがカエルの何かだった。
「無事帰る」とかけて…。とても喜んでもらった記憶がある。今の看護師の基盤をつくってくれた大切な人だったので、それがすごく嬉しかった。

それから、何となくカエルを集めるようになって、緑色も好きになった。

病気を発症して、自らも「無事カエル」と願掛けするようになった。時にはカエル持参したこともあったなぁ。

入院する度に、どこかでカエルに出会う度にいつもそのことが思い出される。

その大先輩は今はもう退職されてるけど、今でも交流があって、今でも娘のように心配してくれてる。親には話せないことも話せたりできて、変わらずうちを支えてくれる大切な人。

カエルに出会って元気でたぁ。

これは家にいるカエル達。
今度もちゃんとおうちに帰してね。


それにしてもCT結果の連絡なくてちょっとそわそわ。血行動態把握のためのCTだから、これで手術がどうこうってことはないとは思うけど、気になるなぁ…。
まっ、明日になったら結果はわかる。今日聞いても、明日聞いても結果が変わるわけじゃない。
さっ、眠剤飲んで寝る準備するかぁ。






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(手術までに)できること、すべきこと?③

【周囲へのカミングアウト】
手術を受けると決めてから、師長さん以外はほぼ誰にも言わずに今日まできた。

病欠はやっぱり一緒に働いてる人にかなりの負担がかかる。だからほんとはちゃんと話して理解を求めるべきだと思う。
だけど、頭じゃわかってても行動に移すのは容易じゃないんだよね。
病棟だけじゃなく仲良くしてる人達にもそろそろ話さなきゃならない。

ここ最近は師長さんからのプレッシャーも。勤務的にどうしても夜勤と委員会を変わってもらわなきゃならないとこがある。その相手は副師長さんと病棟で一番公私ともに仲良くしてる子。だから、みんなに言う前にその二人には先に言うべきだと。もちろん詳しいことまで言わなくていいとはいってくれる。
はい、わかってます…。

前回の時に何も言わずにでてきたことで、仲良くしてる子の心配する様子を知ってるからあれはかわいそうだったと。
いやいやいや!!!、そんなに簡単に言わないでよ~って。かわいそうなんはうちやん(>_<)
うちだって、言えるなら言いたいよ。みんなに言ってわんわん泣けるならどんなに楽だろうって思うもん。泣ける強さ持ってないから、こうして何ともないふりして、傷つかないための防御反応とってるんやんって。
それに心乱されて仕事に影響がでても困るもん。

病棟以外のみんなにもそう、もっと早く話す機会はあった。


言ったあと、どうせ誰にもわからんやんって気持ちを少しでも持ってしまう自分に気づくことも嫌なんだ。
誰にもわからんなんていったらそれだけのことになる。わかろうとしてくれてる気持ちまで踏みにじってしまうことくらいわかってる。
だけど、いつもいつも前向きじゃいられない。
現に何ともない一言や空気に悲しくなってしまうこともある。

再発を繰り返すたびに堅くなに、で、強がる傾向にある。 自分がうそで固められていくような、からにとじ込もっていくような孤独感を感じることがある。
友達どんどん減っていくんじゃないかって。
どうにかしなきゃ、打破していきたいとは思ってる。

今日はちょっとだけ泣きたい気分になった。ヨガしてる汗と一緒に涙もでたらいいのになぁって。


本題のいつ言うか…。
28日血行動態把握のためのCTがある。それで最終的に手術の決定となる。
その結果がでたらにしよう。

師長さんには言いたくないんじゃなくて言えないんだってこと伝えて、師長さんから前ふりしてもらってから改めて伝えるようにしようと思う。
それが済んだら、病棟以外の人にも伝えなきゃね。








(手術までに)できること、すべきこと?②

【エンディングノート】
実は全く何にもしてない。
最近は終活という言葉もでてきてそんなノートも売っている。
自分が亡くなったあとの整理やどうしたいのかを記しておくことは大切だと思う。誰もがいつ死ぬかわからないけど、悪性腫瘍を持ってるうちはそれより高い確率で急にってこともある。
別に今回の手術で死ぬかもとは思ってないけど、部分切除といえど肝臓手術。合併症のリスクもあるしね。


漠然とは考えるけど進まないのは、差し迫ってる感じがしてないのとわからないことが多すぎること。
実際近い身内が亡くなった経験がないので、色んな段取りがわからない。

例えば一番はお金のこと。
自分の預金はどうしとくほうがいいのか?
マンション購入して膨大な借金もあるので、決してたくさんあるわけではないが、高齢の両親のためにも残せるものがあるなら少しでも残しておきたい。
死亡診断書が役所に提出されれば預金は凍結される?だからいざというときは預金は早めにおろすほうがいいのかと思うけど、さすがに今から母あての銀行に移す気にはなれないし(手術のリスクだけで終末期じゃないし)、キャッシュコーナーでは1回や1ヶ月に下ろせる金額の上限が決まってる。銀行を分散させる方法も考えたけど、分散させたら、亡くなった時にその銀行毎で贈与税や手数料がかかるのかと思ったり…。そもそも預金に対して贈与税がかかるのかも知らない。

あとは購入したマンションをどうするか?
病気になってからの購入のため団信には入ってないというか入れなかった。マンション自体は駅直結で近々大学ができたりするので売却や賃貸貸しができると思うけど、高齢の両親のことを考えると借金は精算しておくほうがよいと思うのでやっぱり売却かな。
だけど、これも住むとこがなくなると困るので、今からその手続きというわけにはいかないし。で、亡くなったら、売却するにしても一旦やっぱり名義を変更してからになるのか?そしたら贈与税やら手数料がまたかかるのか??などなどやっぱりさっぱり(/--)/
うちとしてはすべて差し引いて借金±0ではいけると思ってるんだけど…。
この辺も全く知識がないからお手上げ(/--)/だけど、わからんことをいいことに悪徳業者にひっかかってもいけないし、これからお勉強が必要やわ。
ってか、ほんまに亡くなったら手続き以外に家の中の家具や電化製品、それ以外のものすべてきれいさっぱりする労力も大変。そして残された家族がするには悲しすぎる作業やな…。

とりあえず、今できることは、持ってる銀行がいくつあるか、それぞれの残高を明らかにしておくことと、生命保険やマンションの書類をまとめてわかるようにしとくことくらいしかできない?これじゃ、昨年と一緒やな(笑)

そういえばクレジットカードの解約の方法も知らないし、このへんもちゃんと調べとかないといけないよな。

お金の話がすべてみたいになったけど、エンディングノートに記すこと、他何だろ?
遺影とか連絡してほしい人とか、葬儀所どうするかとか??
こちらも全く…。

なんだかこんなことまでもすべて準備したら、ほんとにそうなってしまいそうな、待ってるみたいな感じしてちょっと抵抗がある。
健康な人がもしものためにってのとは違って、病気を持ってるうちがするってなるとリアリティーが増すというか…。

頭の中では 何も考えてないわけではなく、写真とる時には遺影のことがふとよぎったり、病気のことあんまりオープンにしてないしどこまで連絡してもらうか、その年の喪中葉書でのお知らせでよいかとか、葬儀は働いてるからやっぱり家族葬ってことはないよな~とか、くらいは。

周りが困らないようにちゃんとしといたほうがよいってのはわかってるけど、何度も言うけど、手術はするけど終末期じゃないし、まだ死ぬ覚悟はできてない。
だから、もし間違って死んでしまったら、その時はその時で何とかしてもらいましょって感じ。

ただこれから、ほんとに症状でてきて、コントロールできないような状態になったきたら、もっと色々ちゃんと準備していかなくてはと思う。

今さらだけど、同じNET、肺カルチノイドで亡くなられた金子哲雄さんと妻が書いた、「僕の死に方 エンディングダイヤリー500日」「金子哲雄の妻の生き方」を読んでみようと思う。死を覚悟して旅立つ側と看取る側のそれぞれの思いを知ってみたいと思った。
それからエンディングノートとやらもどんなんか見に行ってみようかな~っと。



(手術までに)できること、すべきこと?①

現実逃避に明け暮れてたら、気が付けば手術まであとちょっと。

昨年、肝転移してから漠然と命の期限について考える機会が増えた。そして、今できることは何かって自問することも。
ちゃんと悔いなく生きなければって思ってる証かな。

で、手術までにできることとすべきこと。
もちろん体調管理と精神安定に尽きる。

そのために、
答えがでないこともあるけれど…。自分なりに取り組んだことや気持ちの持ち方書いてみる。


【仕事】
病気と仕事の両立が課題。だから、病欠までは与えられた仕事をしっかりこなすこと。夜勤も可能な限りは続けたい。無理しなくていいんじゃないかと言ってくれる人もいるけど、自分が嫌なんだよね。仕事をこなせないほどの症状があるわけじゃないのにそれに甘えるの。いつかは無理してもできなくなる時がやってくる。その時に「ここまでやってこれたからもういいやん」って、受け入れたり、潔くあきらめるためにも今はそれを貫きたい。

ただやっぱり注意力は落ちてると思うし、自分自身がそれを認識して働かなきゃとは思う。一つ間違えば大きな事故につながりかねない仕事。自分の弱さを受け入れて、いつも以上に確認作業きっちり行って、丁寧にこなさなきゃと。特にこの時期は新人指導がついてるときもある。指導があれば自分の仕事は後回しになりやすいし、なおさら意識的に。

こないだそんなに思ってても仕事終わって気が抜けたらととんでもないことが…。帰宅する時のこと、バスと地下鉄で帰るんだけど、地下鉄乗る前に足みたら、げっげっげっ、ナースシューズ!さすがに凹んだ。こんなんはじめて(>_<)
更衣室に戻るほうが恥ずかしくてそのまま家に。
とほほっ。

あ、話がずれたけど、
あとは割りきることも大切。早く帰れる時にはだらだらせずに帰宅する。指導がついてない時には最低限のお手伝いしてさくっと帰る。人を相手にする仕事だから、忙しさに差がでることも多々ある。どっぷり仕事に浸かるほどの心の余裕はないから、残る日、残らない日はメリハリつけてでいいんじゃないかな。

【食事】
気持ちしっかり、食べるのしっかりと思ってるけど、体は正直。じわじわ痩せてきてる。4キロくらい減かな。もともと痩せてる方だし、4キロは大きい。
食欲落ちてても、とりあえず3食は意識的に食べるようにしてる。料理は好きじゃないけど、出来合いやレトルトはもっと好きじゃない。だけど、食欲なくて疲れて帰ってきたら、何も食べずに寝てしまうことになりかねないので、そんな時は買って帰ったり、外食誘ってみてたりしてとりあえず何か口に入れることを優先してる。もったいないからいつもはお弁当も持っててるけど、それもできなければよしと。

【睡眠】
もともとどこでも、いつでも寝れるタイプじゃない。
色々考えると寝れなくなるのも当然。
目覚ましなる前に目覚めたり、夜勤中にはいつも以上に寝れないこともある。寝れないと不安になったり、イライラしたりと悪循環。
だから、今日は寝れそうにないと思った時には早めに睡眠剤のお世話になることにしてる。そんなにきつい薬じゃないから飲んでもなかなか寝れない時もある。だけど、飲んだ=寝れるという安心感を得るだけでも気持ち的には全然違う。
そしてあとはやっぱり開き直ることかな。寝れないに固執せず、寝れなければそんな日もある!今日1日過ごしたら明日は寝れると思えるかどうかかな。

【気分転換】
家に引きこもってたら、余計気分が滅入ってしまう。少々無理しても行きたいとこがあれば行ってみることに。1月の検査後からは手術する覚悟はできていた。前向いて臨むためと沖縄行って癒された。それからもかなり遊びすぎf(^^; 桜や藤の花を見に行ったり、鹿児島旅行したりと…。
これもうちの今できること。
いつまで自由に動けるかはわかんないしね。今のうちにいっぱい癒されたい。

そしてなぜだか、またまた大阪と神戸のマラソンにエントリーしてしまった。なにやってんだかな~。
日程的にもかなり厳しい。それにもうずぅっーと全く走ってないし、ランニング趣味じゃないのにねぇ。
走り終えたら何かが変わる、変えれるんじゃないかって思いだけ。本気で走ろうと思ってるわけじゃないけど、ただ治療が開始されたらもう走れなくなる。走れるチャンスは今しかないのかなっと思ったら、順調に回復する願掛けのつもりでエントリーした。当選するかもわかんないしね。当選してもいつでも辞めれるからね。

鹿児島弾丸旅行

もしかして今ごろには手術かもと勝手に思ってたので、5月末は週末休みのシフト。
たまたま休みのあった、たまたまのメンバーで、10日くらい前に1泊2日の鹿児島弾丸旅行を決定。

朝はほぼ始発に乗って、ピーチで出発し、10時すぎには鹿児島到着。

生駒高原、霧島アートの森に行って、自然と芸術に癒され、霧島温泉に。






2日目は霧島神宮行って、桜島に渡って、21時前に鹿児島出発!
ギリギリ終電で家までたどり着けるという弾丸ぷり。





宮崎地鶏に鹿児島牛、黒豚に白熊、で、最後にラーメンまで、やりすぎたぁ。





飛行機とるとき、一番下はうちより一回りも違うのに気付いてびっくり!
たまたまの休みから新な縁がうまれ、楽しく過ごすことができた。
二人は最近、初めての異動を経験し新な部署で奮闘中。全然違う疾患に戸惑いながら、出来上がった人間関係の中に自分の居場所を見つけることが大変。できない自分に悔しい思いして…。
うちもそうだったなぁ。
きっと、これも成長するための一歩。

病欠とることはまだみんなに伝えてないけど、それぞれにとって、癒しの旅になってたらいいなぁ。

母への思い

治療方針が決定し、そろそろちゃんと言わなきゃいけない。
ずっと後回しにしてきた、母へのカミングアウト。

何より気が重くて、なかなか口を開けずにいた。
面と向かって思いを伝えるのはほんとに苦手。それがバッドニュースとなればなおさら…。

前の手術後から病気については一度も触れずにいた。
いつ検査を受けて結果がどうなのか、セカンドオピニオンに行ってることや患者会に参加してることも…。

「言いたくない」じゃなくて「言えなかった」。申し訳ない気持ちと心配をかけたくない、悲しい思いをさせたくない気持ちから。

母はかなりの苦労人。うちが産まれる前に姉を心筋症で亡くしてるし、ダメダメな父以上に働いて、うちらを育ててくれた。子どもには言えない悲しみや悔しさもいっぱいあったんだろうなってどこかで感じてた。だけど母が涙してる姿は見たことはない。小さい時はさみしさからかそんな強い母のことが自分とかけ離れた存在に感じて、ずっとかなわないと思ってきた。働きはじめて、ようやく少し母に近づけたと感じるようになった。

苦労してきた分、ちゃんと親孝行しなきゃって思ってたけど、結婚もせず、孫の顔もみせれなくって、娘として世間一般の幸せを感じさせてあげれなかった。その上、病気になってかけなくていいはずの心配までかけて…。何より悔しいのは母より先に、ってこともあるということ。やっぱり親より先にってのは親にとっては一番悲しいことだと思う。看護師として働いて、たくさんの患者の最期を看取ってきた。今ならちゃんと看取れる自信がついたのに、自分の親にそれができないのは心残り。

神様って、ほんとにちゃんといるのかな~。病気になったのは、さみしがりやのうちが一人残されて生きてくのはかわいそうって思ってのことなんかな~とか…。


肝転移の再再発がわかった時、治療の選択が難しくなってきてると感じた時、もちろん辛かったけど、もう涙はでなかった。だけど、母に伝えないといけないと思うと心が痛かった。
自分の気持ちは自分でコントロールできるけど、人の気持ちはどうにもできない。自分のことで誰かを傷つけたり、悲しませてしまうことが辛い。

どれもこれも仕方ないことだとわかってる。これが運命なんだって受け止めてるけど、毎回一番の試練な気がする。
そこから何かが生まれてくるのかなぁ。

だからといって、隠すつもりはない。きちんと病状を把握してもらっとくべきだとも思う。

働いてて、自分の親に病気のことを何にも話してなくて、ほんとに動けなくなったり、なすすべがなくなってから、はじめて親が知るケースも少なくない。きっと同じように「言えなかった」んだと思う。だけど、それから知る親の気持ちを考えるとそれも辛いだろうなって。変わり果てた姿みて、「なんでもっと早く言ってくれなかったのか」って思うと思う。

以前は周りが本人にどう告知するか、言わないでほしいってことも多かったけど、今は本人が周りにどう伝えるかで悩むこともあるんだろうなって。
どちらも相手を思うがゆえのこと。

手術を決めた時、主治医に家族に何も話してないことがわかって、ちょっと困惑してた。
そらそっか。

さすがに言わなきゃいけない時期、避けては通れない道。
近くにすんでるけど、なかなか実家には帰らない。
買いものか何かで待ち合わせて、帰り際に伝えた。
「なんでぇ、なんでぇ、もうそんなん嫌やわ」、「はじめは良性やって先生いってたやん」の繰り返し。母の中ではどうしてもそこにこだわってる。もう3回も再発してるんだけどね。で、「ほっといても大きくならないんじゃない」とか…。確かに受け入れたくないよね。だけど、一方で「いつかそんなことを言ってくるんじゃないかと思ってた」と。
肝臓のあちこちにできてて、手術ができないかもしれないこと、肝臓に再発するってことはそういうことなんだとちゃんと伝えた。
悲しかったと思うけど、母は涙は見せなかった。
やっぱり母は強い。かなわない。

今は言えて、ほっとしたってのが正直な気持ち。
うちの中では、大きな仕事をした感じだけど、会えばいつもと変わらない。
親子ってそんなものなのかな。

顔を合わせれば、気の強い娘だから、言い合いしたりで、素直に感謝の気持ちとか伝えることできない。だけど、できる間に親孝行しなきゃいけないな。
気付いたら夜勤してたら母の日も終わっちゃってるよ。







GW

GWといってもほとんど仕事だったけど、
休みはやっぱりおでかけしなきゃ!

ってことで、
4日の夜勤明けは結婚して高槻に新居をかまえた友達の家へ。
その前に高槻の芥川ってとこで、鯉のぼりが1000匹泳いでるというのを知って行ってみた。



青空に泳ぐ鯉のぼり、なかなかよかったぁ~。

で、みんなで新居に押しかけ、手巻き寿司party開催♪♪


翌日の5/5はもともと予定してた25会(25年オペ組同期会)、GoGoピクニック!!
しかし、なぜかこの日だけが雨~(ー_ー;)
天気予報とにらめっこ、ぎりぎりに決定した行き先は伏見界隈の散策。
レジャーシート敷いてのお弁当ピクニックはできなかったけど、京都に住んでながらはじめての伏見、再発見!
雨ながら観光客多くてびっくり。
見て→食べて→しゃべっての繰り返し。







最後は御香宮神社に行って、病がたちまちよくなると言われる水を飲んで、おみくじっ。
結果は吉、ご利益ありますように。






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あかしまもよう

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