やっと終わった。

今日で入院前の仕事が最後でした。
行く前はやっぱり憂鬱で、行きたくないとまた5月病…。
はぁ~とため息がでて、泣きたくなる。

異動してちょうど5ヶ月、自らの希望だったけど、やっぱしんどかったなぁ。
余裕なかった。
これからももちろん、ここで夜勤もして頑張るつもりでいるのに、
いつものことながら、しばらく仕事から解放されると思うと、ホッとする。
矛盾。。

仕事が終わったら、お菓子と手紙を置いて、逃げるように帰ってきた。
手紙には、
ガンであること、定期的に入院が必要なこと、今の生活をできるだけ続けたいこと、それにはみんなの協力や理解が必要なこと、
書きました。
言わなきゃいけない気持ちと言いたくない気持ちがぶつかって、それでいて、テキトーには済ませられない。
器用に生きられない。

そして、仕事を終えると、明日から抗がん剤するんだって、一気に現実感でてきた。

夜はいつもの仲いい先輩たちとごはん。
今回は病棟以外の人には誰にも入院すること言わなかった。1週間の入院、バレなかったら、あわよくばそのままやり過ごそうと。
だって、これからエンドレスにケモするって言いたくないやん。そしてそれに付随する思い悟られたくないやん。
だけど、入院予定に上がったら、速攻バレた。で、集まってくれたというわけ。

夜には病棟の人からメールもらった。病棟では個人的にやりとりするのは同期くらいだけど、手紙を読んで、応援してるって一言伝えたくてと。嬉しかった。今の病棟でも少しずつ居場所できてるんかなって。

そんな風に支えてくれる人がいること恵まれてるなぁと思う反面、つらい、しんどい、泣きたいって感情は素直に出せないんだよね。
平気なふりして、受け入れたふりして、笑って大丈夫って過ごすことが自己防御反応なんだよね。


ほんま、受け入れるって大変。

でも、明日から頑張ります。








スポンサーサイト

ザノサーのお勉強

治療法として、ザノサーを選択。
で、ちょっとお勉強!?

こないだ先生から、この冊子をもらった。


目新しいことは書いてないけど、こんな感じでした。

《ザノサーの作用》
アルキル化剤という抗がん剤。
DNAに作用して癌細胞の増殖を抑える。

《投与方法》
①5日間連続投与し、37日間空けて6週毎の投与を繰り返す
②1週間に1回投与を繰り返す

1回の点滴は30分~2時間。

①なら入院、②なら外来での治療
うちは①を選択。

《慎重投与、禁忌》
・腎機能低下
・糖尿病
・高齢

・妊婦、授乳中は禁忌

原発が膵の人も多いし、糖尿病は要チェック。

これで妊娠は100%無理。もともと100%考えてないけど、女性としてなんだかね…。

《注意すべき併用薬剤》
・他の抗がん剤
・抗生剤(アミノグリコシド系)
・ステロイド
・フェニトイン(抗てんかん薬)

ステロイドが気になるところ。抗がん剤投与前に副作用を抑える目的で使うことも多いけど、ダメなんかなぁ。
これは確認必要!

《主な副作用》
・腎障害
適切な輸液いってたら心配しなくて大丈夫と関電で言われた。

・骨髄抑制
急激にはこないだろうと思ってるけど、脾臓取ってるし、肺炎球菌ワクチン打ってないし、感染には注意しなきゃね。

・耐糖能異常
膵臓とってるし、遺伝的にも糖尿病家系…。

・肝障害
肝臓とってるけど、データーは問題ないし、大丈夫かな。肝臓は再生する臓器と言われるし。

・嘔気
まぁまぁ強いらしいけど、制吐剤もよくなってきてるから何とかなるかな。
イメンド普通は3日間だけど、最大容量5日間だしてと頼んどいた!
カイトリルもナゼアもナウゼリンもプリンペランもお願いしよっ!

・血管痛
投与中、漏れてなくても痛いらしい。温めてゆっくり投与(2時間かけて)してもらおうと思うけど、無理ならCVポートも考慮かな。

・便秘
もともと便秘ないし、心配してない。

はい、こんな内容でした。

たまたま、同時期に肝転移の検査や治療法を考えてるしま友さんもいたりして、質をこだわったロングサバイバー一緒に目指したいなぁ。

五月病?

いろんなことがあったけど、今までについた免疫もあるし、いつものごとく「仕方ない」、「なるようにしかならない」って思って、案外大丈夫なはずと思ってたけど、ここにきてなんだか気持ちが急降下。

今までこんなに仕事に行くのが憂鬱に感じることあんまりなかったんだけどなぁ。
ちゃんと集中して働けるかとか、何かしでかさないかとか、漠然とした不安に襲われたり、見えないプレッシャーに押しつぶされそうになる。
なんか泣きそうになる…。

で、胃痛や嘔気、食欲不振。
まだ何にも治療もしてないのにやばいなぁ。

ちゃんと気持ちの整理してやってけると
思ってただけに、黄色信号の自分に凹む。


微妙な気持ちの変化は、
まだまだ自信持って働ききれない、自分を出しきれてない環境によるものなのか、
病気のことみんなに話さなきゃという思いからなのか、
二連休遊び疲れて、体力的なことからくるものなのか、
今日はほんまにやばかったぁ。

仕事を終えてちょっとホッとした。

これも五月病の一種かな。

明日は明日の風が吹く。
また気持ち持ち上げていけるよね。


踏んだり蹴ったりな母!?

今日受診して、ザノサーの臨時購入やレジメン作成の準備が相整い、ようやく、仕方なく入院日を決めてきた。

忙しい時期の病欠、色々考えたら、気がひけることがたくさん。快く?受け入れてもらって感謝はしてるけど、環境も変わったし、これからみんなに説明も必要で、やっぱなんか凹むなぁ。

それでも決まってちょっとはすっきり、さすがにもう母にも言わないといけないと決意。

とそんな気持ちでいるのも束の間、緊急事態発生。
昨日から様子が少しおかしいとは聞いていた父が脳出血で入院。
幸い命には別状はないとのことも、麻痺と若干の意識障害、失語が残るような病状。

いたって冷静に受け止める。
とゆうか、母もうちも父には振り回されてきた。ここには書けない色んな複雑な事情がたくさんあって、少なくともうちには愛情というものが欠落していった。人間形成の過程においても影響を受けたに違いない。

前回の再発がわかった時にも、胃癌が見つかって、術後せん妄になったり、色々あって、今回もようやく治療方針を決めたら、こんな状態…。
冷たい娘はまたしてもこの時期かとも思ってしまう。
母の心労はダブル。

愛情はないといいつつも、年老いた母に一人で任せていくわけにはいかないので、仮面をかぶってでもできる範囲でサポートする。先生の話もやっぱり間に入るほうがスムーズだしね。

今後は急性期病院でしばらくお世話になり、その後リハビリ病院へ転院→自宅が一般的な流れ。
発症1日目、どこまで回復できるかは未知だけど、できれば最後は療養型にでも入って欲しいと冷たい娘は思ってしまう。自宅での介護は母の負担が大きいし、そうなればもちろん一緒にはやっていくけれど、うち自身も仕事と治療どうなるかわからないしね。こんな時、娘も癌だからといって何とかならないのかなぁとか…。
まぁ、なるようにしかならない。


夜勤明け→受診→検査→父の病院→入院準備の買い物。

ヘトヘトになりながら、それでも今日言わなきゃ、今しかないと思い、カミングアウト。
もちろん凹んでた。そんなこと言わんといて、聞きたくなかったっていつもの通り。うちだって、できることなら言いたくなかったよ。。
でも、母もうちと一緒で免疫ついてきてる。再発繰り返す度、知識がない母だって、病状がよくないこと、いつかそう言われるんじゃないか、知らず知らずに死の覚悟までしてるんだなって感じた。
よくならないならもうあんなにしんどい手術は受けて欲しくない。でも抗がん剤もしんどいねんなって気遣われ…。
まぁ、もう手術の選択肢はないんだけどね。

はい、仕事も治療もやれるところまでやります。
小さな頃は仕事ばっかりの母にさみしい思いをいっぱいしてたけど、そうして育ててくれた母の姿が、今のうちの頑張る力になってる。

そして、生きてる間、元気なうちに親孝行しなきゃね。

なんだか悪い流れがかき乱れてる。
おーい、神様。
ちゃんとこっちにも福もってこーい。







突然の悲報

今日、母から電話があって、従姉が亡くなったことを知らされた。
突然すぎて、現実なのか何なのか…。
年は少し離れていたけど、40半ば。

朝起きてこなくて、だったそう。

すでに叔父さんは亡くなっていて、叔母さんの悲しみは計り知れなく大きく、受け入れがたい現実なんだと思う。
息子さんはまだ大学生。

従姉自身もまさかこんなに早くこの世を去るなんて思ってもみなかっただろうし、思い残すことだらけに違いない。

命ってこんなにもあっけないものなのかと。


決して比べるわけじゃないけど、
癌になった自分には、受けとめる時間も覚悟する時間も与えられている。
諦めて生きていくわけじゃなく、見つめて生きていく猶予がある。

そして、多くの死と関わってきた看護師の自分は、自分にも家族にもグリーフケアが必要なこと知ってる。

これからの生き方が大切なんだと。
ちゃんと生きてかなきゃ。

それが自分の使命なんだと思う。


といいながら、まだ言えてないんだよね。タイミング逃したというか、いざというと口から言葉がでない…。
ダメダメやん!!

何となくの猶予

GWはずっと仕事だったので、昨日までご褒美の3連休だった。
といっても、なーにもしてない。引きこもり。自分から誰かを誘って、どっかに行く気になれなくて。まっ、そんな時間も必要なのかなっと。そして3つも休むと仕事に行くの嫌々病に。

前にも書いたけど、病気の転機を迎えると考えること、あとどれくらい生きられるのか、そこそこ元気に、自由に過ごせる時間はどれくらい残されてるか。

答えは
そんなの誰にもわからなーい。

けど、漠然と2年くらい…。それがそこそこ自分らしくいられる猶予なのかなと。

肝転移してからやつは予想を反することなく、成長を続けてる。
予想を上回るでも下回るでもなくってところかな。

2年…。なぜそんなふうに言うの、期限を区切るのって思う人もいるかもしれない。
凹んでるからでも、どうせと諦めたからでも、希望が持てないからでもない。
何となく動物的勘のようなもの。
そして、その漠然としたものには悲しいとか悔しいとかそんな感情も伴わない。
ただ冷静にそんなものかなって。

仕事柄、死は特別なものから身近な日常になってる。
そして、自分にはある程度、死に対して耐性ができてると思う。
どうなっていくか知ってるから、知らない、見えない恐怖と闘わなくてもいい。

看護師としての経験が、癌に侵されてる、今の自分を客観的にもみさせてくれる。知らず知らずの支えでもあり、考えを導いてくれるものでもあるのかなって。
じゃなかったら、もっとダメダメな自分だったと思う。

ただね、家族は同じような思いではいないよね。だからほんとはちゃんと受け止めれるよう、心の準備できるように働きかけなきゃと思うけど、これがなかなか難しい ^^;


限りある命と認識することは、絶望とか希望が持てないからではなく、これからの生き方を考えるきっかけになる。病気が転機を迎える毎に立ち止まって考えて、下方修正。ある意味ポジティブ!とも思える。

仕事も続けたい!
おいしいものも食べたい!
旅行も行きたい!
ヨガも山登りもマラソンもダイビングも続けたい!
そして、
母との時間も大切にしたい!

100%の力では無理だけど、あきらめてるわけじゃない。
まだそんな時間が残されてると感じてるから。









一年越しの。

そんなこんなで、沈んだ気持ちを奮いたたせ、去年は天候と休みが合わずに行けなかった琵琶湖バレイの水仙を見に行ってきた!

居候のマロンも初お出かけ!

なんにでも警戒心強くて、怖がりさんのマロン。
それでも犬の順応性ってすごいなぁって。

車に乗るのは3回目、はじめて家に連れて帰るときはブルブル震えて吐いてた。
今日は余裕?


と思ってたら、知らない間にけぽしてた。


初琵琶湖。絶対入らないと思ってた水にも足をつけ、波を必死に掴もうと。



そして、琵琶湖バレイ。
マロンにって友達の旦那さんがくれた服を着せて、ちょーかわいいマロンに変身(親バカ)。


青空とはいかなかったけど、水仙綺麗でしたぁ。
ドックランでも走りまわり、意外にお利口さんで楽しんでるようでよかった。





恒例のジャンプも。マロンも無理やり。


琵琶湖も眺めよし。




どうしても去年みたいとおもった水仙、一年越しに見れてよかった。

すっきり感100%?でおでかけしたけど、また帰るとちょっとだけどんよりさん。
まるで失恋のよう。

でも、今日は昨日より眠れそう。

後ろ向き50%、前向き50%。

ダメダメな一日

今日はやっぱりダメダメな一日だった。

心と心がぶつかって、
自分が傷ついた分だけ、相手を傷つけたと思う。
でも傷が深くて、未だ消化できない。
何してるんだろってほんまに思う。

空虚感、悔しさ、無力感。。
ここにきてどこ向いていいのか、自分を見失いそう。
久々泣いてばかりの一日でした。

後ろ向き100%

こんな日は眠剤飲んで寝よ。

明日は今日よりは前を向けるはず。

大どんでん返し⁉︎

あれやこれや悩んだふりして、GWも今日で終わり。色んな期限のタイムリミット。

GW前日、病棟ボスのさらに上の組織に行って、近々病欠をとるけど、長い休みはこれが最後になるかもしれないから、夏休みをとらせてほしいとお願いに行った。
そして、翌日、1週間延期になってた関電に受診。

そのちょっと前
内科で一緒に働いてた先生にメールしてみた。
以前、そろそろ内科でみてもらうほうがいいよってアドバイスされたけど、自分は主治医はしないと言った先生。
楽なのは、気を遣うことなく自分の思いを言ってくれるところ。「先生が主治医してくれるの?」→「しない」みたいな。
で、今回も治療が待てるかどうか聞いてみた。「待てるんちゃう、旅行?どこでも行ってきたらいいやん」ってあっさりと。誰に聞いてもそんな風に言ってくれなかった答え、ほしかったその一言に正直、めっちゃ楽になった。こんなに誰かの後押しが力になるんだって思った。
「持つべきものは友やなぁ」→「友ですよ」と。主治医ではなくね…。
都合のいい答えをもらい、ちょっと気をよくしてた。

そして、だした結論。
待たずに治療を開始する!
で、旅行もいく!


ん?
気持ちは友の言う、旅行→治療に傾いてたのだけど、あれ?
関電に行ったら、なぜかそうなった。
あんなに抵抗してたけど、なんだかあっさりと。
「今すぐ治療!」とゴリゴリと言われたわけではない。
関電では前々から治療したほうがよいとは言われてた。3か月での画像評価、1年かけてゆっくり大きくなる人もいるけど、そういうタイプじゃなくやっぱり悪くなっているそう。これが治療して評価の画像なら薬を変更するレベル?と聞いたら、そうだねと。
まぁまぁ悪いということ認識した。
で、治療始める前に旅行に行きたいこと伝えたら、治療始めてから行ったらよいやんと。6/1~治療して、月末、海外行ける?って聞いたら行ける、行けるってね。
もちろん待たない選択肢がないわけではない、けど、はじめてみようと。

何か、そんなに怖がらなくていいよって言われたみたいな気がして、

「治療もする!旅行も行く!」って決断した。


で、ここに来て、またまた大どんでん返し。
結局、
治療はする!
旅行には行かない!


ことになった。

理由はうちの煮詰まらない態度だった。一緒に行くと行ってた人とのわだかまり!?行き先、日程ともなかなか決まらない中、関電の受診が終わるまでは行かない選択肢も臭わせていた。そんなはっきりしない態度が不快感を与え、旅行に行くのにこんなすっきりしないのははじめてといわれる結果になった。最後まで行かない選択肢を残さなきゃいけないし、話が詰めかけたら方向変わるしと、さすがにその通りでもきつい。こんなにも他人をイライラさせたり、不快な思いをさせてたと思うと悲しかったし、そのままそれをストレートにぶつけられるとノックアウト。正直トラウマになりそう。そんなつもりはなかったってわかってほしい気持ちにもなる。それに一緒に行こうと誘った残りの2人もかき回すだけかき回して申し訳ない。

最後は売り言葉に買い言葉。
あーあ。なにやってんだか。。
大の大人なのにね。

自分なりにはね、色々考えてた。
これからを頑張るために、気持ちを切り替えるためにも、うちにも必要な旅行だったから。
考えてたから、GW前にアポとって夏休みのお願いに言ったんやん。治療も旅行もどっちもするって決めたから、主治医に6/1からの治療をお願いしたんやん。ひとつの期限である2日以降は行かない選択肢は考えてなかったし、一度もそうな風に言ってないよ。
でも、どれもこれも伝わらなかったら意味がないんよね。伝えなくちゃ意味ないんよね。
もしかしての体調不良を考えなかったわけじゃないし、最悪ドタキャンになってもみんなに迷惑かけないで3人でいけるかともよぎったし、ぐいぐいやる気にはなれてなかったと捉えられれば、そうなんかも知れん。

言えてたら、結果は変わっていたと思う。言えなかった。

ほんとは今日、親に言うつもりだった。6月から治療しなきゃいけないこと、でも海外旅行には行くってね。
で、あとは前向いて進もうって。この半月のもやもやから脱出しようって。
でも、今日は言えないな。悲しい顔されたら泣いちゃいそうだから。ぶれない気持ち持てなさそう。

神様が
無理して行ったらダメ!
仕事忙しい時期に病欠とるのに、その上、自分のわがままで休みとったらダメ!
これからかかる莫大な治療費、ちゃんと貯めなきゃダメ!
って、言ってるんやろうな。

神様のバカーーーーー!!
バカーーーーーーーーー!!

でも、期限ギリギリで出した答え。
悩んで悩んで出した答え。

治療するからってあきらめの気持ちではいられない!
今日はとことん凹んで、
少しずつ消化して、前向いて進む!
ここにて決意表明!!

プロフィール

あかしまもよう

Author:あかしまもよう
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR