Osaka Great Santa Ran

昨日は大阪城公園で行われたOsaka Great Santa Ranに参加。

サンタランは「楽しみながらチャリティーを」をモットーに、参加費の一部は大阪府下の小児医療機関で闘病している子どもたちへのクリスマスプレゼントととして届けられるイベント。

うちも今は縁があって、小児科で勤務。担当する子どものほとんどが6ヶ月~1年の入院が必要で辛い治療を頑張ってる。
食事制限や面会制限も厳しく、病院という限られた環境で生活する子ども達にとって、七夕や運動会、クリスマスなどのイベントは楽しみの一つで、サンタさんがクリスマスプレゼント届けてくれたらほんまに嬉しいやろうなぁって。
そんな思いもあって参加した。

参加を決めた時にはすでに勤務表もでてたけど、夜勤明けで参加は可能、で、周りに声かけたら、意外に行ける人もいて、みんな行きたいって興味を持ってくれた。

そんなんで、大人6人、子ども2人、犬1匹で参加。

夜勤明け、老体にはなかなかハードでしたが、ひと足はやいクリスマス、楽しい時を過ごせました。

サンタさんだらけ。


クリスマスツリーと雪だるまはスタッフさん。


大阪城をバッグに。


マロンと子ども達。




マロンサンタ。


子ども達へのメッセージが書かれたツリー。


サンタランといっても、ほとんど歩いて、途中食べて、休んで。
走れなくても楽しめるイベントです。






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インフルエンザワクチン

ザノサー投与30日目に骨髄抑制ないこと確認し主治医に許可を得て、インフルエンザワクチン接種。

打った周りは赤く腫れ、痒いけど、発熱など認めずに経過。

アフィニトール内服中では打たない人もいるみたいですね。

ここ2.3日でぐっと寒くなりました。
風邪にもインフルエンザにも負けず、この冬乗り越えたいなぁ。




うちもマロンもあったかくして。。

小さな秋は

12月に入るとまた治療なんで、体調のよい今のうちに、小さな秋を見つけにお出かけ。

紅葉狩りに有馬、六甲山へ。
今年は暖かいせいか、色づきイマイチのまま枯れていくような感じで、ちょっと残念でした。







で、行き着く先はご縁のできた福島。
おいしいおでんを食べて帰るつもりが17:30ですでにいっぱいで外まで並んでた( ̄◇ ̄;)
近いうちにリベンジ。

走って、飛んで、ストレス発散

うちじゃなく、マロンです。

治療のために実家との行き来、
仕事もあってお留守番ばかりで、
夜勤もあるからリズムもつかめないマロン。

そんな日頃のストレス発散するかのように、
ドッグランで走って、飛んで楽しんでました。







限度額認定証の区分変更

ザノサー開始時に限度額認定を行なって、前回4回目の入院時に負担金が個室料除いて¥44400に軽減。

やれやれと思ったのもつかの間、限度額認定の区分が変わって、新しい認定証が手元に。区分ウからイへ。
意味わからず、調べてみたら、負担金が2倍ほどへアップ( ̄◇ ̄;)

¥80100→¥167400に、
多数該当でも¥44400→¥93000に。

いやいや毎月10万+αずつ払えるほど裕福じゃありません( ̄◇ ̄;)
ほんまに勘弁して!!


しかし、給料上がってないのになぜ??

そう言えば、10月くらいに標準報酬月額へ移行するとかなんとかで、1年だけ算定で6月の給料を基準に考えるとかなんとかで意義ある人は申し立てをとかいうのがあった。
これこそ、意味わかってなかったけど、税金とかの額も増えたし、絶対これが影響してるはず!!
6月ってGWがあるから、休日手当で普段より給料がかなり多い。なぜ6月が基準になるんだ?
意義は申し立てた。
けど、結果はどうなった?

これは殴り込みやな。事務に行って要確認。

なんか、やっぱり制度とか全然わかってへん。
福利厚生で、病院からもいくらか補助があって返ってくるし、もしかしたら最終的には払うお金は一緒なんかも知れへんけど。

制度って知ってたら得するけど、知らんかったらスルーされる。
これってもうちょいどうにかならへんのかな。

今日はまたまた神戸で研修。
須磨の海みて、行ってきます。


京都ワーキングサバイバー

先週、京都ワーキングサバイバーという会に行ってきました。
この会は「がんになっても生き生きと働くために」をモットーに
悩みや辛さを打ち明けられる場、治療と仕事の両立、休職や復職の工夫を一緒に考える場として京都で9月に発足した会です。
スタッフさんには社労士さん、臨床心理士さん、キュリアカウンセラーさんがおられます。

京都のリレーフォライフでこの会を立ち上げられた方と出会ったのがきっかけでした。

うち自身は大きな組織で働いてることもあり、そして人事を担当する上司もたまたま一緒に働いたことがあり、仕事に関して自分の思いを直接伝え相談できる恵まれた環境にあると思っています。

ただ、やつを抱え、治療をしながら、仕事の在り方について考えることも悩むこともいっぱいあります。

恵まれた環境だとわかっていても、実際は、引け目を感じたり、悔しい思いをすることもあります。
いつまで働き続けることができるか不安になることも…。

何か答えを求めてというよりは、ただただ同じような思いを持ってる人とつながりたくて参加してみました。

会では様々なガンの方が、それぞれの置かれた環境の中で、頑張っておられること知れました。

自分の思いを言葉として表現することで、心の整理ができて、今の気持ちを再確認できたり、自ずと向かう方向が見えてきたりすることがあります。

ずっと前ばかりみて進むことはできなくても、ともに頑張る仲間の存在はチカラになります。

また仕事と治療の都合がついたら参加したいなぁと思います。





結婚式

昨日は結婚式にお呼ばれし、行って来ましたぁ。
結婚式に招かれるなんて、何年ぶり?最後に行ったのは覚えてないくらい前です。

一回りも離れた後輩で、働き始めたひよっこの時を知ってるので、友人というよりはあれこれ心配しておばちゃん気分でした。
とてもあったかい式で、幸せそうな後輩を見れて、涙腺緩みまくりでした。

そして、こんな式にでると、やっぱり少しだけ母には申し訳ない気持ちになります。結婚式は立派に育った娘を花嫁として送り出す母にとっても幸せな一日。病気になったからではないけど、そんな幸せを感じさせてあげられなくてとは思う。まっ、仕方ないけれど。

後輩は母と一緒に働くことが夢でその夢を叶えた今、今度はもうひとつの夢である養護教諭を目指して春から新しい一歩を踏み出します。

夢とか目標とか、見失ないがちだけど、そんな姿にやっぱり刺激を受ける。
頑張らなきゃね。



取材の余波

取材を受けた記事はマラソン当日の朝刊に載り、ちらっと見て5:30には出発。

やっぱり新聞の力はすごかった!
スタートラインに立つ前にすでに何人かからメールをもらった。

そのうちの一人は看護学校の時からの親友。看護師として就職したてのしんどい時を一緒に過ごした仲間。熱い気持ちと優しい心を持った彼女にずっと刺激を受けてた。今は仕事を辞めて3人の子育てしてるのもあって、会っても年1回くらいと互いの誕生日にメッセージを送るくらい。だから最近の病気のことは伝えてなかった。
記事を見て、いてもたってもいられなくなり、用事があるにもかかわらず、ゴールまで駆けつけてくれた。結局会えなかったけど、変わらない絆を感じて嬉しかった。

また一人は肝転移をする前のリンパ節転移をした時にSNSを通じて知りあった人。悪性腫瘍と初めて認識しそれなりのショックを受けていた。今と同じで周りとの差に孤独を感じ、同じ思いをしてる人に出会いたくて、コミュニティーを通してメッセージを送ったのが始まりだった。あれから5~6年、時々互いの近況をメールするくらいだけど、励みになってた。リアルに会ったことはないけど、すぐにわかったみたい。


記事はこんなふうにプラスに影響をするものもあれば、一方ですぐには素直に受け止められないものも正直あったりもした。

翌日から入院した病棟や同僚のグループラインで話題になってたり…。
ただみんな頑張ってる姿を喜んで応援してくれてるだけなのに、「胸を張って堂々と生きていけるほどほんとはまだ強くない」と思ったりなんかして、なんだか落ち込んだ。

そして、取材を受けたことを言ってなかった親の耳に入るのもあっという間だった。入院した昼(記事翌日)には電話がかかってきて、一言目から「あんた~」って。
何にも言わなかったうちも悪かったけどほんまに怖かった!
実家の近所では新聞持って、色んな人に言ってまわる人もいたりで、母としては悲しかったみたい。
それでも「あんたがいいと思ってしたことならそれでいい」って、それ以上は何も言わなかった。
「家に帰りにくくなったかなぁ」って言ったら、「そんなん気にせんといつでも帰ってきたらいい」って言ってくれて、やっぱり母は強いなぁって。

近所じゃなくても、職場でも「こんなん大丈夫なん?」って新聞を見せてる人がいたという話も聞いたり…。

まぁ、そんなんに傷つくわけではなく、かえってちょっと腹が立ったりして開き直れた。


影響はほんとに様々。


同じような境遇におかれた人達にチカラを与えることもきっとできたはず。

うちを知ってる人の中には、喜んでくれる人もエールを送ってくれる人も頑張ってると認めてくれる人もいた。

そして、2人に1人がガンになる時代であっても、やっぱりまだまだオープンにして生きていきやすい社会じゃないんだと感じたのも本音。
別に面白おかしくというわけじゃないだろうけど、噂話をする人もいて、なった人にしかわからない苦悩があるとも思った。
まだまだガンってレッテルは仕事や子育てなどとの両立をしにくくさせてる社会なんだと。


こんだけ時間が経ってようやくふっきれて、取材を受けて記事になったこと良かったと思える。
やつと向き合い、改めて考える時間になったし、色んな影響を肌で感じることもできた。
これで何かが変わるのかはわからない。でも、やっぱり何か変えたいとも思う。微力ながら、自分のできること探したいって思った。

実はあの朝、新聞ちらっとと見て以来、ずっと見れなかった。こっぱずかしいのもあるけど、色んなこと直視することができなくて。
そろそろ、ちゃんと見てみようかな。

大阪マラソンでのご縁《取材》

大阪マラソンの1ヶ月ほど前、読売新聞の記者さんから取材の依頼を受けた。

エントリーの時に書いた動機
《NETという希少がんと向き合って9年目。病状が進むなか、前を向いたり、後ろ向いたりと毎日葛藤の日々。マラソンはそんな自分を支えてくれたもの。
去年はフルマラソン完走したけれど、抗がん剤治療が始まる今年はチャレンジランに参加してみんなからパワーをもらって、みんなにパワーを与えたい。》
がきっかけだった。

人生の転機でもあった2013年1月の肝転移、あとどれくらい生きられるのか、どう生きていったらよいのか、シビアに受け止めてるつもりでいたけど、自分を見失いそうな時もあった。
そんな時、たまたま身近にあったのがマラソン。マラソンはちゃんと前を向けてると思わせてくれるもので、感情を素直に表現できるものだった。
病状が進む中、マラソンを続けることは、まだ大丈夫って自分に言い聞かせることができた。たまたま出会ったマラソンがどこかで支えになってた。

まあまあ若くでガンになり、再発を繰り返す中、向き合って生きていくことの難しさ、仕事や人間関係での葛藤は時間が経っても解消されることはなく増す一方。同じ悩みを持つ人と共感できたり、つながりを感じられて、どこかで誰かの力になれ、自分の力に変えられればという思いはあった。

だけど取材は名前も写真も出るということで、なかなか決断ができなかった。
今まで、周りに触れられないようにずっとひた隠してきて、その姿勢は今も変わらない。

決断できないことはやめとけってことだと思って、一度はお断りのつもりで連絡をした。
なのに、結果は受けることにしてた。
もちろん記者さんの後悔はさせない記事を書きたいという思いも十分伝わったから。


そして、

まっすぐちゃんと生きれてる?

あの時から何度も何度も自分に問いかけてきた言葉。そしてきっとこれからもずっと。

器用でなくとも、まっすぐではありたい。

自分自身がガンであることを認められず、どこか窮屈に影を持ってしか生きていけないと感じてた。
あの時から立ち止まったまま進んでないんじゃないか。

ずっと乗り越えられずにいる壁があると感じていたからかもしれない。

欲しかったのは、後押しだったんだと思う。

たかが取材。されど取材だった。

ちょっと無理をして

やっぱり退院してしばらくはなかなかしんどい。
思うように体は動かず、掃除や洗濯、買い物だけの少しの活動でも疲労困憊。眠ってばかり…。

それでも退院翌日、どうしても行きたいとこがあって、ちょっと(かなり)無理して行ってきた。

以前一緒に働いていたセンセが西宮で開院されるのでその内覧会。
もともとは大学病院のバリバリの消化器外科のセンセで、今は緩和ケアを中心に在宅診療医として開院。
何年か前、メスを置くことを決められて、緩和ケアの往診医として、地域に密着した医療を志され、経験を積まれ、今日の日を迎えられた。
夢に向かって、着々と歩んでるセンセにすごく刺激を受けた。

センセと一緒に働いてたのは10年前くらい。今の主治医とも同期で、うちの中にもセンセ達と一緒に働いていたあの時がハードでしんどかったけど、一番頑張ってたよなぁ~と思い出されるんです。思い出は美化されて楽しかったと錯覚まで起こす。

何年かぶりの再会だったけど、「えらい目にあってみようかな」と笑顔で言いながらも前みてるセンセがかっこよかった。

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