大阪マラソンでのご縁《取材》

大阪マラソンの1ヶ月ほど前、読売新聞の記者さんから取材の依頼を受けた。

エントリーの時に書いた動機
《NETという希少がんと向き合って9年目。病状が進むなか、前を向いたり、後ろ向いたりと毎日葛藤の日々。マラソンはそんな自分を支えてくれたもの。
去年はフルマラソン完走したけれど、抗がん剤治療が始まる今年はチャレンジランに参加してみんなからパワーをもらって、みんなにパワーを与えたい。》
がきっかけだった。

人生の転機でもあった2013年1月の肝転移、あとどれくらい生きられるのか、どう生きていったらよいのか、シビアに受け止めてるつもりでいたけど、自分を見失いそうな時もあった。
そんな時、たまたま身近にあったのがマラソン。マラソンはちゃんと前を向けてると思わせてくれるもので、感情を素直に表現できるものだった。
病状が進む中、マラソンを続けることは、まだ大丈夫って自分に言い聞かせることができた。たまたま出会ったマラソンがどこかで支えになってた。

まあまあ若くでガンになり、再発を繰り返す中、向き合って生きていくことの難しさ、仕事や人間関係での葛藤は時間が経っても解消されることはなく増す一方。同じ悩みを持つ人と共感できたり、つながりを感じられて、どこかで誰かの力になれ、自分の力に変えられればという思いはあった。

だけど取材は名前も写真も出るということで、なかなか決断ができなかった。
今まで、周りに触れられないようにずっとひた隠してきて、その姿勢は今も変わらない。

決断できないことはやめとけってことだと思って、一度はお断りのつもりで連絡をした。
なのに、結果は受けることにしてた。
もちろん記者さんの後悔はさせない記事を書きたいという思いも十分伝わったから。


そして、

まっすぐちゃんと生きれてる?

あの時から何度も何度も自分に問いかけてきた言葉。そしてきっとこれからもずっと。

器用でなくとも、まっすぐではありたい。

自分自身がガンであることを認められず、どこか窮屈に影を持ってしか生きていけないと感じてた。
あの時から立ち止まったまま進んでないんじゃないか。

ずっと乗り越えられずにいる壁があると感じていたからかもしれない。

欲しかったのは、後押しだったんだと思う。

たかが取材。されど取材だった。
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