母への思い

治療方針が決定し、そろそろちゃんと言わなきゃいけない。
ずっと後回しにしてきた、母へのカミングアウト。

何より気が重くて、なかなか口を開けずにいた。
面と向かって思いを伝えるのはほんとに苦手。それがバッドニュースとなればなおさら…。

前の手術後から病気については一度も触れずにいた。
いつ検査を受けて結果がどうなのか、セカンドオピニオンに行ってることや患者会に参加してることも…。

「言いたくない」じゃなくて「言えなかった」。申し訳ない気持ちと心配をかけたくない、悲しい思いをさせたくない気持ちから。

母はかなりの苦労人。うちが産まれる前に姉を心筋症で亡くしてるし、ダメダメな父以上に働いて、うちらを育ててくれた。子どもには言えない悲しみや悔しさもいっぱいあったんだろうなってどこかで感じてた。だけど母が涙してる姿は見たことはない。小さい時はさみしさからかそんな強い母のことが自分とかけ離れた存在に感じて、ずっとかなわないと思ってきた。働きはじめて、ようやく少し母に近づけたと感じるようになった。

苦労してきた分、ちゃんと親孝行しなきゃって思ってたけど、結婚もせず、孫の顔もみせれなくって、娘として世間一般の幸せを感じさせてあげれなかった。その上、病気になってかけなくていいはずの心配までかけて…。何より悔しいのは母より先に、ってこともあるということ。やっぱり親より先にってのは親にとっては一番悲しいことだと思う。看護師として働いて、たくさんの患者の最期を看取ってきた。今ならちゃんと看取れる自信がついたのに、自分の親にそれができないのは心残り。

神様って、ほんとにちゃんといるのかな~。病気になったのは、さみしがりやのうちが一人残されて生きてくのはかわいそうって思ってのことなんかな~とか…。


肝転移の再再発がわかった時、治療の選択が難しくなってきてると感じた時、もちろん辛かったけど、もう涙はでなかった。だけど、母に伝えないといけないと思うと心が痛かった。
自分の気持ちは自分でコントロールできるけど、人の気持ちはどうにもできない。自分のことで誰かを傷つけたり、悲しませてしまうことが辛い。

どれもこれも仕方ないことだとわかってる。これが運命なんだって受け止めてるけど、毎回一番の試練な気がする。
そこから何かが生まれてくるのかなぁ。

だからといって、隠すつもりはない。きちんと病状を把握してもらっとくべきだとも思う。

働いてて、自分の親に病気のことを何にも話してなくて、ほんとに動けなくなったり、なすすべがなくなってから、はじめて親が知るケースも少なくない。きっと同じように「言えなかった」んだと思う。だけど、それから知る親の気持ちを考えるとそれも辛いだろうなって。変わり果てた姿みて、「なんでもっと早く言ってくれなかったのか」って思うと思う。

以前は周りが本人にどう告知するか、言わないでほしいってことも多かったけど、今は本人が周りにどう伝えるかで悩むこともあるんだろうなって。
どちらも相手を思うがゆえのこと。

手術を決めた時、主治医に家族に何も話してないことがわかって、ちょっと困惑してた。
そらそっか。

さすがに言わなきゃいけない時期、避けては通れない道。
近くにすんでるけど、なかなか実家には帰らない。
買いものか何かで待ち合わせて、帰り際に伝えた。
「なんでぇ、なんでぇ、もうそんなん嫌やわ」、「はじめは良性やって先生いってたやん」の繰り返し。母の中ではどうしてもそこにこだわってる。もう3回も再発してるんだけどね。で、「ほっといても大きくならないんじゃない」とか…。確かに受け入れたくないよね。だけど、一方で「いつかそんなことを言ってくるんじゃないかと思ってた」と。
肝臓のあちこちにできてて、手術ができないかもしれないこと、肝臓に再発するってことはそういうことなんだとちゃんと伝えた。
悲しかったと思うけど、母は涙は見せなかった。
やっぱり母は強い。かなわない。

今は言えて、ほっとしたってのが正直な気持ち。
うちの中では、大きな仕事をした感じだけど、会えばいつもと変わらない。
親子ってそんなものなのかな。

顔を合わせれば、気の強い娘だから、言い合いしたりで、素直に感謝の気持ちとか伝えることできない。だけど、できる間に親孝行しなきゃいけないな。
気付いたら夜勤してたら母の日も終わっちゃってるよ。







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親への配慮

めっちゃよくわかります。
親が高齢になってくると尚更余計なことは耳に入れないようにと
気を遣います。

私自身、2年前にオクトレオスキャンで頸部リンパの転移が見つかって
手術したことは両親には言ってません。言うつもりもないです。

でも、首に手術跡があるのでいつかバレるかもしれません。
夏場は手術跡を隠しづらくて実家に帰省するのは控えています。


最初の手術は、術前検査では良性と言われてたので
実家近くの大阪の大学病院で手術を受けたのですが、
そこで腹膜播種が見つかり、術直後に執刀医が両親に「最悪余命半年」と
言ってしまいました。
術前にわかっていたら、夫にのみ病状説明にして貰ったと思います。
とにかく、今は両親より長生きすることだけが希望です。
自分自身は長生きは望みはしないのですが、親が亡くなるまでは
なんとしてでも生きなければ・・・という思いが強いです。

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サリーさん
ほんとに親にどう話して、接してよいか悩みます。まだ一緒に住んでないだけ気は楽ですが…。うちは独身だけに手術の説明も手術中の待機も必然的に親になってしまいます。主治医からの説明も任せるしかないけど、あんまり色々話してほしくないとも思ってしまいます。できればセカオピに行ってることは言わないでほしいという気持ちは伝えました。なんとなく、そんなことしてたんだってわかったら悲しむかなとか思ったりして。前回手術後も思ってた以上に転移してたことはうちより先に説明されてて複雑でした。
難しい問題ですよね。

個人的にコメントを下さった方へ

このような形ですいません。
実はパソコンがとても不得意で、個人的に返信の仕方がわからないので、この場で失礼とは思いますが…。

心強いコメントありがとうございました。
共感してもらえる仲間がいるとわかるだけで支えになります。
一歩ずつ前に進みながら、うまく付き合っていけたらよいなっと思います。





こんばんは。
お母さまに言えないって、わかります。
私も、妹には、話ししても、親には言いづらいことでした。特に、五体満足に生んももらったのに、手術して身体障害者になったことを告げるのは、つらかったです。

来月の手術にむけて、体力を落とさないよう、お仕事、あまりムリされませんように。応援してますよ。患者会でまた、お会いしましょう。

No title

くりぃんごさんの母への思い、
ものすごくよくわかります。

自分だけのことですむならすませたい。
余計な心配かけたくないですよね。

感謝の気持ちを素直に伝えられないことも。
母と娘は、女同士遠慮がないから
言い合いも激しいものみたいですよ。
うちもそうです^^;
でもやっぱり最後は母と娘なのです。

まずは6月の手術で
復活した娘の笑顔を見せることが
なによりかと思います。

そして今度こそピクニックにいきましょ〜♪

べティーさん
年齢関係なく、やっぱり母に対する思い、みんな悩まれてるんですよね。
次回の患者会には微妙なタイミングですが、元気な姿みせれるよう頑張ります。

myuさん
心配されてるのわかるのに、顔を合わせるとその話に触れられるのは億劫。強がりで、素直じゃない頑固な娘はなかなかの困り者(ー_ー;)
言葉はなくても手術して、元気な姿をみせるのが一番の親孝行ですよね。
また遊びましょ。元気になったらピクニックしましょ。
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